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TORENDIA

ハビアン説法

本文約6,500字 ・ 読了時間 約14分

あらすじ(AIが作成しました)

ある日曜、散歩に出た語り手は、北条氏ゆかりの地にかつての武将の邸宅を思わせる教会が建つ様子を眺め、南蛮寺の歴史的因縁に思いを馳せる。その後、街頭でキリシタンの歴史を語る僧・梅庵の説法に出くわす。そこへ突如として柏翁と名乗る男が現れ、梅庵をかつての棄教者ハビアンであると糾弾する。この不可思議なやり取りの直後、弁士たちは煙のように姿を消し、手には白い幟だけが空へと舞い上がっていく。

神西清

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🎧 ハビアン説法 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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昨日はよつぽど妙な日だつた。日曜のくせにカラリと晴れた。これが第一をかしい。無精な私が散歩に出る気になつた。これも妙だ。北条の腹切り窟の石塔を、今のうちに撮影しておかうなどと、殊勝な心掛をおこした。これが第三にをかしい。おまけにまた……いや、順を追つて話すとしよう。

とにかく、カメラをぶらさげて家を出た。Nといふ小川を渡る。そこから爪先あがりになつて、やがて細い坂道にかかる。その坂道が、いつの間にやら、真新しいアスファルトに変つてゐた。

登りつめると、水色の高級車が一台とまつてゐて、その先にいきなり、思ひもかけぬ別天地がひらけた。

広びろした庭の小砂利をふんで、セーラー服や吊スカートの少女たちが、三々五々つつましやかに歩き廻つてゐる。ははあ、園遊会だな、と咄嗟に思つたのは吾ながら迂闊千万で、正面の数寄屋づくりの堂々たる一棟は、なんと大きな十字架を、藁屋根の上にそびえさせてゐるではないか。詳しく言ふと、藁屋根のてつぺんに白木の櫓を組みあげ、その中に鐘を釣り、その頂きに何やら黒ずんだ十字架を立ててゐるのだ。面白い趣向である。まさしくこれは南蛮寺だと、例の悪い癖で早速あだ名をつけた。

折しもドミンゴ(日曜)のこととて、会堂の戸障子はあけ放たれ、屋内に立ち居する信徒の姿が見える。黒いアビト姿のバテレン神父もちらちらする。オラショ(祈祷)は既に果てたと見え、ちらほら帰る人もある。

道をへだてたこちら側は清浄な運動場で、そこでは青年男女が、ハンドボールに興じてゐる。ピカピカなニュー・ルックの自転車の稽古をする者もある。

私はさうした光景を見て、この分ではひよつとすると、めざす窟なんぞはとうに埋立てられ、石塔は敷石にでもなつて居はすまいかと心配になり、大急ぎで上へ登つた。幸ひにして、窟も石塔もツツガなく、稲束の置場に利用されてゐた。日の傾かぬうちにと、石塔に打掛けられた稲束を取りのけ、二三のアングルからカメラに収めたが、さてそこで窟のほとりに佇んで、改めてエケレジヤ(教会)の壮観に眺め入つたのである。

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