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TORENDIA

第一義の道

本文約37,900字 ・ 読了時間 約76分

あらすじ(AIが作成しました)

五年ぶりに甥の順吉が帰ってくる日を控え、六十歳のおちかは不安と期待で眠れぬ夜を過ごす。周囲から冷ややかな視線を浴びながらも、懸命に耐え抜いてきたおちかにとって、順吉との生活は心の支えであった。一方、順吉は社会との折り合いに苦悩し、自身のあり方を模索し続けている。夜店商人として生計を立てる順吉は、母の穏やかな姿に安らぎを見出すものの、依然として消しがたい矛盾を抱えたまま、自らの誠実さを貫くための生を模索する。

島木健作

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「もう何時かしら」と眼ざめた瞬間におちかは思つた。思はずはつとした氣持で、頭を上げて雨戸の方を見た。戸の外はまだひつそりとして、隙間のどの一つからも白んだ向うはのぞかれはしない。安心して、寢返りを打つたが、まだどこか心の焦點のきまらぬ氣持で眼をしばたたいてゐると、闇のなかに浮動する樟腦の匂ひがかすかに動いた部屋の空氣につれてほのかに鼻さきににほうて來た。すると急にさめてきた心にどきんと胸をつく強さで今日といふ一日の重さが感じられた。血がすーつと顏から引いて、動悸がしだいにたかまつて來た。おちかは布團をずり下げ、上半身を乘り出して手をのばして枕もとをさぐつてみた。ゆうべ寢るとき取り揃へておいた衣類やその他身のまはりのものがそのままそこにある。それらを一つ一つさぐつてみてゐるうちに、昨夜夜ふけてひとり起き、羽織の乳に紐を通しなどしたとき胸にわいた思ひが、今またしみじみとしたものとして生きかへつて來るのだつた。その思ひにあたためられ、六十を越えた齡にあけがたはもうかなりに冷えをおぼえるこのごろの季節なのが、今朝はさほどの苦にはならなかつた。手足をのばし、おちかは少時うつとりとしてゐた。が、すぐに小きざみにからだがふるひ出し、ふるひは容易にとまらなかつた。根のゆるんだ齒がかたかたと音をたてて鳴つた。汗さへ流れでて來るやうであつた。ふたたび寢がへりをうち、のばしてゐた手足をまるめて何かだいじなものを抱くやうな氣持と姿勢でおちかはぢつとたへてゐるのであつたが、それはなにも寒さからではなかつた。間もなく時計が五時をうつた。

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