赤蛙
本文約6,800字 ・ 読了時間 約14分
あらすじ(AIが作成しました)
修善寺の宿で療養する衰弱した語り手は、滞在先での疎外感に苛立ち、日課の散歩に出る。桂川のほとりで、語り手は中洲の赤蛙が激しい川の流れに何度も挑み、押し流されては戻るという不可解な行動を繰り返す様子を目撃する。赤蛙の執念深い闘争の果てにそれを看取った語り手は、小動物の姿に人間にも通じる意志と生の衝動を重ね、死と直面する自己の苦境を忘れ、自然界の神秘に対し厳粛な敬虔の念を抱いてその地を去る。
💰 この本を応援する(投げ銭)
寝つきりに寝つくやうになる少し前に修善寺へ行つた。その頃はもうずゐぶん衰弱してゐたのだが、自分ではまだそれほどとは思つてゐなかつた。少し体を休めれば、ぢきに元気を回復するつもりでゐた。温泉そのものは消極性の自分の病気には却つてわるいので、私はただ静かな環境にたつたひとりでゐることを欲したのである。修善寺は前に一晩泊つたことがあるきりで、べつにいい所だとも思はなかつたが、ほかに行くつもりだつた所が、宿の都合がわるいと断つて来たので、そこにしたのだつた。
宿についた私はその日のうちにもうすつかり失望して、来たことを後悔しなければならなかつた。実にひどい部屋に通されたのだ。それは三階の端に近いところで、一日ぢゆう絶対に陽の射す気づかひはなく、障子を立てると昼すぎの一番明るい時でも持つて来た小型本を読むのが苦労だつた。秋もまだ半ば頃なのだが山の空気は底冷えがする。熱も少しあるらしく、冷いやりとした風が襟もとや首すぢにあたるごとにぞくぞくする。それに風のかげんで厠臭がひどくて堪へられぬ。誰でもさうだらうが、私も体が弱るにつれて、それが悪臭なら無論、芳香であつても、すべてのにほひといふにほひには全く堪へ性がなくなつてしまふのである。それで私はどうしても障子を立てて、一日その薄暗いなかに閉ぢこもつてゐなければならなかつた。
私は時々立つて障子を開けて、向ひ側の陽のよくあたる明るい部屋部屋を上から下まで、羨しさうに眺めやつた。広い縁側の長椅子の上に長々と横になつてゐる人間たちを眺めやつた。客はさう混んでゐるとも思へなかつた。私はいきなり飛び込んだ客ではなくて、予め手紙で問ひ合してから来た者でもある。私は女中を呼んで部屋を代へることを交渉したが、少しも要領を得なかつた。