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TORENDIA

忘れえぬ風景

本文約2,400字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

札幌で育った少年時代の憂愁、農民運動に関わった際の北上川の眺め、刑事被告人として護送される船上から見た瀬戸内海の風景、そして独房の窓から見上げた空など、自らの人生の各場面で心に深く灼きついた土地の風景を綴る。自然の美しさそのものよりも、過去の生活や自身の感情が結びついた風光を辿り、なぜ人間が特定の風景を忘れがたく思うのかという自然への感銘のあり方について思索を深める随筆である。

島木健作

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🎧 忘れえぬ風景 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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日本の自然のうち、とくに自分の好きな風景などといふものはない。私は各地の名勝を何ほども探つてはゐないので、出題にたいして何かいふ資格すら持たぬものであるが、たとへ今後さういふ機会が多くあつたとしてもとくにとりたてて好きといへる自然の風光をあげうるかどうか疑問である。私の今までのわづかばかりの経験から推してさういへる。世間に著名な、海や山や河や、ただそれだけでは私はなにほどの感興も誘はれないのがつねである。自然の美しさにたいして生来鈍感なのであらう、大きな自然の景観に接して天地の悠久をおもふといふやうな情も格別切実なものとして迫つては来ぬ。ただ私の懐古趣味だけは人並なものがあるやうである。それの一つの理由は私の育つた土地のせゐであらう。私は北海道の札幌市に生れ、育つた。半殖民地として生れた札幌の町には長い歴史がない。封建的なものから自由な一面はあるが、同時に遠い父祖の生活を思はせるしつとりとした雰囲気といふやうなものは町のどこにもないのである。さういふところで育つた私は、のちに郷土を出てからは、城址とか、昔の面影の残つてゐる城下町とか、史蹟とか、古寺とか、さういふものには非常に強く心をひかれるのであつた。天地の悠久が実感として迫ることの少い私にも、一千年か二千年の人間生活の歴史の長さは身にしみて感じられるのである。古寺に苔むした古人の墓を前にしてゐる時など、こんな人間が果して実在してゐたのか、との疑に忽然としてとらはれることが多い。

好きな風景、といふことではない。しかし何らかの意味で心に灼きついてゐる風景の場面場面がある。それはすべて、その風景を背景とする何らかの人間生活の姿の故にである。わけても過去のある時代の自分の生活の特殊な一節に結びついてゐる自然の風光には忘れ得ぬものがある。その風景だけをきりはなして見れば無味平凡なものにすぎないのであらうが。そして自然が人間にあたへる感銘といふものはみなそのやうにして生じるものにちがひあるまい。かつての時、あれほどいいと思はれた風景を、時を経て二度見て、案外つまらなかつたりするのはその為である。

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