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TORENDIA

住居

本文約1,100字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

郊外の田園都市に点在する近代的な小住宅の建築的意匠や間取りの面白さを巡る随筆。著者は自らの家に対する愛着や、住まいの無駄の中に宿る愉しみについて綴る。さらに、かつて下町で見聞した、狭小地に建てられた二階家の窮屈な工夫による奇妙な風呂場のエピソードを紹介しながら、住居がもたらす生活の豊かさと、建築という存在が喚起する独特の連想や味わいを書き記す。

長谷川時雨

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🎧 住居 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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松岡映丘畫伯の晩年の作によく見えた丘の段々畑。あの新大和繪風な色彩そつくりの山畑を遠くから見て、絣のやうなと形容したのを、笑はれたことがあるが、郊外などの、田園都市の近代風の建物の遠景などは、更紗模樣とも眺められる。

ところで、わたくしの家の好みは、どこかばかげた、間の拔けたところが、一二個所ある建てかたが好きだ。それを利用して生かす面白味が、他人の家にはない、自分のところでなければないといふ、樂しさと親しさで、愛の籠るものだと思つてゐる。

しかしこのごろの小住宅の建てかたは、ゆるみのない、きつちりした、無駄なしの間どりださうだが、さうなると、棚の釣りかたにいろ/\工合が出來て、天井と鴨居との空間に、何か試ろめさうな氣がする。

つい最近、新しく購入れた人の家を二軒見せて貰つたが、家の間どりのとりどりの面白さに大變樂しかつた。建築を見るといふことは、並の家のでも、へたな芝居などを見るよりどれだけ心を富ませるかしれない。生活をふかめると思ふのも、自分が建物といふものに趣味をもつてゐるからかもしれない。

二三日前にある新聞の婦人欄を見てゐると、せまい家では臺所の一部を風呂場にして角風呂の蓋の上に食器類を洗ひあげた籠などをおくと、水ぎれに都合がよいと、寫眞まで出てゐたが、ものの利用とか、こんなせまい場處に風呂場のあるなしより、湯氣で困らうなどとより、板の間をあげると流しになるのだなと思つたことにをかしな聯想を呼びおこしたのであつた。

それは、土一升金一升の、下町の目拔きの土地で、震災ずつと前の話だが、角店の店藏と奧藏の間に、僅な空地しかなく、その空地にやつと二間の二階家をはさみ込んだのであるから、階下は隣家の土藏の横腹へよせて通ひ廊下が通り、奧の間と臺所がそれに並んで出來た。

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