九条武子
本文約17,200字 ・ 読了時間 約35分
あらすじ(AIが作成しました)
浄土真宗の門主の娘として生まれ、高い教養と美貌で称賛された九条武子の生涯を追悼の念とともに綴る。王朝的な出自ゆえの制約と、因襲的な結婚生活の苦悩を抱えながらも、晩年は社会事業や芸術活動を通して自己の救いを模索した姿を描く。伝統的な名門の重圧にありながらも、一人の人間として苦悩し、内面的な精神の解放を求めた人物像を、遺された歌や逸話から多角的に論じる評伝である。
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一
人間は悲しい。
率直にいえば、それだけでつきる。九条武子と表題を書いたままで、幾日もなんにも書けない。白いダリヤが一輪、目にうかんできて、いつまでたっても、一字もかけない。
遠くはなれた存在だった、ずっと前に書いたものには、気高き人とか麗人とか、ありきたりの、誰しもがいうような褒めことばを、ならべただけですんでいたが、そんなお座なりをいうのはいやだ。
その時分書いたものに、ある伯爵夫人が――その人は鑑賞眼が相当たかかったが、
あのお方に十二単衣をおきせもうし、あの長い、黒いお髪を、おすべらかしにおさせもうして、日本の女性の代表に、外国へいっていただきたい。
ああいうお方が、もう二人ほしいとおもいます。一人は外交官の奥さまに、一人は女優に――和歌をおこのみなさるうちでも、ことに与謝野晶子さんのを――
歌集『黒髪』に盛られた、晶子さんの奔放な歌風が、ある時代を風靡したころだった。
その晶子さんが、
京都の人は、ほんとに惜んでいます。あのお姫さまを、本願寺から失なすということを、それは惜んでいるようです、まったくお美しい方って、京都が生んだ女性で、日本の代表の美人です。あの方に盛装して巴里あたりを歩いていただきたい。
といわれた。米国の女詩人が、白百合に譬えた詩をつくってあげたこともあるし、そうした概念から、わたしは緋ざくらのかたまりのように輝かしく、憂いのない人だとばかり信じていた。もっとも、そのころはそうだったのかもしれない。
桜ですとも、桜も一重のではありません。八重の緋ざくらか、樺ざくらともうしあげましょう。五ツ衣で檜扇をさしかざしたといったらよいでしょうか、王朝式といっても、丸いお顔じゃありません、ほんとに輪郭のよくととのった、瓜実顔です。
と、おなじ夫人がいったことも、わたしは書いている。