TORENDIA
餓鬼阿弥蘇生譚
折口信夫
速度
🎧 餓鬼阿弥蘇生譚 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ
💰 この本を応援する(投げ銭)
1 / 9
一 餓鬼
世の中は推し移つて、小栗とも、照手とも、耳にすることがなくなつた。子どもの頃は、道頓堀の芝居で、年に二三度は必見かけたのが、小栗物の絵看板であつた。ところの若い衆の祭文と言へば、きまつて「照手車引き近江八景」の段がかたられたものである。芝居では、幾種類とある小栗物のどれにも「餓鬼阿弥」の出る舞台面は逃げて居た。祭文筋にも、餓鬼阿弥の姿は描写して居なかつた。私どもゝ、私より古い人たちも、餓鬼阿弥の姿を想ひ浮べる標準をば持たなかつたのである。合巻類には、二三、餓鬼阿弥の姿を描いたのもあるけれど、此も時々の、作者々々の創意のまじつてゐた事と思はれる。
だから私どもは、餓鬼阿弥と言ふ称へすら、久しく知らずに居た。現に祭文語りの持つ稽古本や、大阪板の寄せ本などを見ても、大抵はがきやみと書いて居る。「阿弥」から「病み」に、民間語原の移つて来た事が見える。私の根問ひに弱らされた家の母などは「かつたいや。疳やみやろ」など言うて居た。勿論、母たちにわかる筈はなかつたのである。熊野本宮に湯治に行く病人と言ふ点、おなじく毒酒から出た病ひの俊徳丸に聯想せられる点から、癩病と考へもし、餓鬼と言ふ名から、疳に思ひ寄せた事と思はれる。
其程「がきやみ」で通つて居たのであつた。此は一つは、此不思議な阿弥号の由来を説く「うわのが原」の段のかたられる事が稀になつた為と思はれる。陰惨な奇蹟劇の気分の陳い纏はりから、朗らかで闊達な新浄瑠璃や芝居に移つて行つたのが、元禄の「人寄せ芸」の特徴であつた。主題としては、本地物からいぶせい因縁物を展開して行つても、態度として段々明るさを増して行つた。此が餓鬼阿弥の具体的な表現を避けた原因である。
折口信夫の他の作品
TORENDIA
日本芸能史六講
折口信夫
日本芸能史六講
折口信夫
TORENDIA
日本文学におけ
る一つの象徴
折口信夫
日本文学における一つの象徴
折口信夫
TORENDIA
根子の番楽・金
砂の田楽
折口信夫
根子の番楽・金砂の田楽
折口信夫
TORENDIA
山の霜月舞
折口信夫
山の霜月舞
折口信夫
TORENDIA
和歌の発生と諸
芸術との関係
折口信夫
和歌の発生と諸芸術との関係
折口信夫
TORENDIA
市村羽左衛門論
折口信夫
市村羽左衛門論
折口信夫
TORENDIA
戞々たり 車上
の優人
折口信夫
戞々たり 車上の優人
折口信夫
TORENDIA
街衢の戦死者
折口信夫
街衢の戦死者
折口信夫
TORENDIA
雑感
折口信夫
雑感
折口信夫
TORENDIA
芝居に出た名残
星月夜
折口信夫
芝居に出た名残星月夜
折口信夫
TORENDIA
玉手御前の恋
折口信夫
玉手御前の恋
折口信夫
TORENDIA
手習鑑雑談
折口信夫
手習鑑雑談
折口信夫