本文へ移動
TORENDIA

はちまきの話

本文約5,000字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

頭に巻くはちまき、手拭い、かつら、領巾などの被りものについて、その歴史的変遷と本来の意味を論じる。かつて蔓草で頭を纏ったかづらと、布で髪を覆う領巾という二つの系統が、時代とともに用途が分化し変化してきた経緯を考察する。これらはもともと神事に仕える者の物忌みの標であり、清浄を示すための習俗であったと説く。さらに、演劇の衣装や元服の儀式など、具体的な事例を挙げながら、現代の物品へと至る共通の起原を明らかにする。

折口信夫

速度
🎧 はちまきの話 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 7

一

現在の事物の用途が、昔から全く変らなかつた、と考へるのは、大きな間違ひである。用途が分化すれば、随つて、其意味もだん/″\変化して来る。はちまきの話は、ちようど此を説明するに、よい例になるだらうと思ふ。

さて、はちまきは、どういふ処から出たか、と今更らしく言ふまでもないが、被りものゝはちまきに到るまでに、幾度かの変遷を経てゐる。はちまき・手拭ひなどは、もとは一つもので、更にはちまきは、頭に巻くものか、顔を隠すものか、ほゝかむりするのがほんとうか、と言ふ点になると、色々の問題が含まれてゐる。手拭ひは恐らく、以前は顔を隠すものと、手を拭ふものとの両方面があつたのが、だん/″\手を拭ふ方面へ進んで来たのかと思はれる。

私が沖縄へ行つた時撮つた、かつらやはちまきの写真があるが、誰でも此を見れば、かつらとはちまきとは関係のあるものだ、と考へるに違ひない。とにかく、今役者のつけるかつらと、昔の人が被つたかつらとは、同一の起原から出たものだと言ふことだけは訣る。

名高い山城の桂ノ里にゐた「桂女」は、一種の巫女であつた事は、色々説明せられてゐる通りであるが、桂ノ里に住んでゐたから桂女と称するのか、それともかつらを著けてゐるから桂女と称したのか、尠くとも、二様の見方があるであらう。かつらおびと称するものも、果して、桂女がするからさう称するのか、其とも、もとはかつらであつたのが、変つてからでもかつらおびを称せられたのか、色々と考へられる。ともかく、桂女と言ふのは、頭にかつらをしてゐたから、さう言はれたのだらう、と私は考へる。桂ノ里に、必、住むものとは限らないから、偶然、桂ノ里に住んでゐたのであらう。

かつらの呼び方であるが、かつらと清んで言ふのが正しいか、かづらと濁るのが正しいか。昔は音の清濁は、其ほど正確ではなかつたのだから、かづらと濁つてもよいので、寧、私の考へ方からいふと、かづらと言ふ方が統一がついて都合がよいのである。

さてかづらからどういふ風にして、はちまきにまで到達する変化を経たか。

二

折口信夫の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本