はちまきの話
本文約5,000字 ・ 読了時間 約10分
あらすじ(AIが作成しました)
頭に巻くはちまき、手拭い、かつら、領巾などの被りものについて、その歴史的変遷と本来の意味を論じる。かつて蔓草で頭を纏ったかづらと、布で髪を覆う領巾という二つの系統が、時代とともに用途が分化し変化してきた経緯を考察する。これらはもともと神事に仕える者の物忌みの標であり、清浄を示すための習俗であったと説く。さらに、演劇の衣装や元服の儀式など、具体的な事例を挙げながら、現代の物品へと至る共通の起原を明らかにする。
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一
現在の事物の用途が、昔から全く変らなかつた、と考へるのは、大きな間違ひである。用途が分化すれば、随つて、其意味もだん/″\変化して来る。はちまきの話は、ちようど此を説明するに、よい例になるだらうと思ふ。
さて、はちまきは、どういふ処から出たか、と今更らしく言ふまでもないが、被りものゝはちまきに到るまでに、幾度かの変遷を経てゐる。はちまき・手拭ひなどは、もとは一つもので、更にはちまきは、頭に巻くものか、顔を隠すものか、ほゝかむりするのがほんとうか、と言ふ点になると、色々の問題が含まれてゐる。手拭ひは恐らく、以前は顔を隠すものと、手を拭ふものとの両方面があつたのが、だん/″\手を拭ふ方面へ進んで来たのかと思はれる。
私が沖縄へ行つた時撮つた、かつらやはちまきの写真があるが、誰でも此を見れば、かつらとはちまきとは関係のあるものだ、と考へるに違ひない。とにかく、今役者のつけるかつらと、昔の人が被つたかつらとは、同一の起原から出たものだと言ふことだけは訣る。
名高い山城の桂ノ里にゐた「桂女」は、一種の巫女であつた事は、色々説明せられてゐる通りであるが、桂ノ里に住んでゐたから桂女と称するのか、それともかつらを著けてゐるから桂女と称したのか、尠くとも、二様の見方があるであらう。かつらおびと称するものも、果して、桂女がするからさう称するのか、其とも、もとはかつらであつたのが、変つてからでもかつらおびを称せられたのか、色々と考へられる。ともかく、桂女と言ふのは、頭にかつらをしてゐたから、さう言はれたのだらう、と私は考へる。桂ノ里に、必、住むものとは限らないから、偶然、桂ノ里に住んでゐたのであらう。
かつらの呼び方であるが、かつらと清んで言ふのが正しいか、かづらと濁るのが正しいか。昔は音の清濁は、其ほど正確ではなかつたのだから、かづらと濁つてもよいので、寧、私の考へ方からいふと、かづらと言ふ方が統一がついて都合がよいのである。
さてかづらからどういふ風にして、はちまきにまで到達する変化を経たか。
二