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TORENDIA

高原にて

本文約1,900字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

軽井沢の追分宿周辺を舞台に、著者と芥川龍之介が共に過ごした夏の追憶を綴る。氷室や蕎麦畑の風景、犬のオークションでの手帖の記憶といった日常の断片を通じ、芥川の文学的嗜好を回想する。また、浅間山麓の風土から北欧文学への関心に触れ、リルケの作品と芥川の「歯車」が持つ共通の気配や、軽井沢で目撃した異国人の老人から、死の直前の文学的感性と芥川が抱いた北欧的要素への考察を深めていく。

堀辰雄

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🎧 高原にて / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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昨日の夕方、輕井澤から中山道を自動車で沓掛、古宿、借宿、それから追分と、私の滯在してゐる村まで歸つてきたが、その古宿と借宿との間には高原のまん中にぽつんぽつんと半ばこはれかかつた氷室がいくつも立つてゐて、丁度いまそのあたり一面に蕎麥の白い花が咲きみだれてゐて、何とも云へず綺麗だつた。この地方特有らしい、その氷室の建物が大へん芥川さんのお氣に入り、かういふ高原にああいふ恰好の別莊を立てたいなどと云つてゐられたので、私はいつとはなしにその前を通る度にそれを一種の愛著をもつて眺めるやうになつてゐたのである。

芥川さんが輕井澤にいらしつたのは確か大正十三年と大正十四年で、十三年の夏は私は金澤の室生さんのところに長く滯在した歸りにちよつと此處に寄つたきりだつたが、翌年には私もずつと滯在し、毎日のやうにお會ひしてゐた。その十四年の夏もなんだか雨が多くて、ちやうど今年のやうな不順な陽氣であつた。それでも私はよく芥川さんのお伴をして峠や近所の古驛などを見てまはつた。ことにいま私のゐる追分宿などが、すつかり寂れ切つたなりに、昔の面影をそつくりそのまま殘してゐるので一番お氣に入られてゐたやうであつた。輕井澤のやうなハイカラなところも一方ではお好きらしかつたが……

或る明るい眞晝、私達が自動車でこのへんまで來かかると、硝子にしきりに何か青いものがぶつかつてくるので、何だらうと思つてよく見ると、それが無數の、瑠璃色の翅をした小さな蝶だつたりしたこともあつた、――そんなことを私は昨日自動車の中で一人でひよつくり思ひ出してゐた。

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