シベリヤの三等列車
本文約10,300字 ・ 読了時間 約21分
あらすじ(AIが作成しました)
長春からハルピンを経てシベリヤを横断し、モスクワを目指す旅路を描く。戦争の噂が流れる満洲の緊迫した空気を背に、三等列車に乗り込んだ主人公は、様々な国籍の乗客や現地の人々と交流しつつ、過酷な環境と飢えが混在する車内で生活を送る。パリへの道中、凍てつく冬の風景を眺め、自身の郷愁や車内で出会った人々の生活を肌で感じながら、目的地のモスクワへと向かう様子を綴る。
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満洲の長春へ着いたのが十一月十二日の夜でした。口から吐く息が白く見えるだけで、雪はまだ降つてゐません。――去年、手ぶらで来ました時と違つて、トランクが四ツもありましたし、駅の中は兵隊の波で、全く赤帽を呼ぶどころの騒ぎではないのです。ギラギラした剣附鉄砲の林立してゐる、日本兵の間を潜つて、やつと薄暗い待合所の中へはいりました。此待合所には、売店や両替所や、お茶を呑むところがあります。五銭のレモンティを呑みながら、見当もつかない茫々とした遠い道筋の事を考へたのですが、――「此間満鉄の社員が一人、ハルピンと長春との間で列車から引きずり降ろされて今だに不明なんですがね」とか、「チチハルの領事が惨殺されたさうですよ」なぞと、奉天通過の時の列車中の話です。あつちでもこつちでも戦争の話なのですが、どうもピリッと来ない。――兎に角、何処に居ても死ぬるのは同じことだと、妙に肝が坐つて、何度もホームに出ては、一ツづつトランクを待合所に運んで、私は呆んやりと売店の陳列箱の中を見てゐました。去年は古ぼけた栗島澄子や高尾光子の絵葉書なんか飾つてあつたものですが、そんな物は何も無くなつてゐて、いたづらに、他席他郷送客杯の感が深いのみです。
こゝでは満洲人のジャパンツーリスト社員に大変世話になり、妙に済まなさが先きに立つて、擽つたい気持ちでした。こゝだけでも二等にされた方が良いと云ふ言葉をすなほに受けて、長春ハルピン間を二等の寝台に換へました。不安でしたが、やつぱり金を出しただけの事はあるなんぞと妙なところで感心してしまつたりしたものです。
「内側からかうして鍵をかつておおきになれば大丈夫ですよ」