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TORENDIA

甲乙

本文約22,700字 ・ 読了時間 約46分

あらすじ(AIが作成しました)

秋庭俊之は、かつて二人の不思議な女性の幻影を見た経験を語る。円髷と銀杏返の髪を結った彼女たちは、幼少期から秋庭の前にたびたび現れる。ある時、秋庭は芦の浦辺の料理茶屋で娘のお由紀と過ごす中で、再びその二人の姿を目の当たりにする。その後、秋庭は再訪した地で視力を失ったお由紀と再会し、彼女との新たな生活を始める。本作は、この秋庭が体験した幽玄で幻想的な記憶を、宿で静かに聞き書きする形で綴る。

泉鏡花

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一

先刻は、小さな女中の案内で、雨の晴間を宿の畑へ、家内と葱を抜きに行った。……料理番に頼んで、晩にはこれで味噌汁を拵えて貰うつもりである。生玉子を割って、且つは吸ものにし、且つはおじやと言う、上等のライスカレエを手鍋で拵える。……腹ぐあいの悪い時だし、秋雨もこう毎日降続いて、そぞろ寒い晩にはこれが何より甘味い。

畑の次手に、目の覚めるような真紅な蓼の花と、かやつり草と、豆粒ほどな青い桔梗とを摘んで帰って、硝子杯を借りて卓子台に活けた。

……いま、また女中が、表二階の演技場で、万歳がはじまるから、と云って誘いに来た。――毎日雨ばかり続くから、宿でも浴客、就中、逗留客にたいくつさせまい心づかいであろう。

私はちょうど寝ころんで、メリメエの、(チュルジス夫人)を読んでいた処だ。真個はこの作家のものなどは、机に向って拝見をすべきであろうが、温泉宿の昼間、掻巻を掛けて、じだらくで失礼をしていても、誰も叱言をいわない処がありがたい。

が、この名作家に対しても、田舎まわりの万歳芝居は少々憚る。……で、家内だけ、いくらかお義理を持参で。――ただし煙草をのませない都会の劇の義理見ぶつに切符を押つけられたような気味の悪いものではない。出来秋の村芝居とおなじ野趣に対して、私も少からず興味を感ずる。――家内はいそいそと出て行った。

どれ、寝てばかりもおられまい。もう二十日過だし少し稼ごう。――そのシャルル九世年代記を、わが文化の版、三馬の浮世風呂にかさねて袋棚にさしおいた。――この度胸でないと仕事は出来ない。――さて新しい知己(その人は昨日この宿を立ったが)秋庭俊之君の話を記そう。……

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