仔猫の「トラ」
本文約1,200字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
虎毛の仔猫トラ子は、隣家から逃げ出し、再び筆者の家へ食事をねだりに通うようになる。木登りを得意とする愛嬌ある姿は、筆者にかつて交流した鈴木大拙夫人ビアトリスが飼っていた数々の猫たちの思い出を呼び起こす。筆者は、アイルランド文学を勧めてくれた夫人の温かな記憶を辿りながら、いま現れた仔猫との交情を綴る。本書は、猫の愛らしい日常の観察と、過去の文学的な交流の記憶を織り交ぜた随筆である。
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トラ子はもみの頸輪をして、庭のいてふの樹を駈けあがりかけ下りたりしてゐる。トラ子の木のぼりは彼唯一の芸で、私たちをたのしませるために一日に一二度はやつて見せる。トラ子といふのは今年の六月生れの、ほんとうは雄猫である。はじめ隣家にもらはれて来たが、そこには犬と二匹の仔豚がゐて、おさない猫の心にも怖くて落ちつかないらしく、私の家に来ては食事をねだつてゐた。物をたべさせるとそこに住みつくといふから、隣家に義理を立ててほんの少しの物しか食べさせず、来れば庭に追ひ出すやうにしてゐると、その後来なくなつてどこかに拾はれたらしく、二週間もたつて見た時には、赤い頸輪をして何か忙がしさうに庭を横ぎつてゆくところだつた。トラ子と呼ぶと、どきんとしたやうにあわてて逃げたが、すぐまた思ひ返して、ここの家にも一飯の義理があると思つたらしく、すぐにお勝手から上つて来て、いつもどほりに鳴いて何かねだつた。彼は虎毛の黒つぽい顔をしてゐるのに、その時はさも赤面したやうにはづかしさうな愛嬌を顔いつぱい見せてゐた。
隔日ぐらゐに来ておひるを食べて庭で遊んで夕がた帰つてゆく。雨のふる朝来たとき、頸輪がひどく汚れてゐたから、それをはづしてやると、また新しい紅絹の頸輪で次の日に現はれた。トラは大事にされてゐるな、真あたらしい紅絹だから、わかい令嬢のゐる家だらうと思つてみた。カステラやイモが好きなので、をんな猫のやうな錯覚を感じて「トラ子」とよび慣れてしまつた。けふもまた何かねだるのだらう。