軽井沢の夏と秋
本文約5,700字 ・ 読了時間 約12分
あらすじ(AIが作成しました)
空襲が激化する中、著者は軽井沢へ疎開し、東京人種が集う地での不自由な避難生活を綴る。物資不足で食料確保もままならない日々、三月に亡くなった知人Tが著者の前に幻影として現れる。戦争の行方に不安を抱く中、八月の敗戦放送を機に、その幻影が平和の到来を告げに訪れたのだと著者は確信する。終戦を経て荒れた軽井沢で秋を過ごし、十月末に東京へ戻るまでの静かな日々を描く随筆。
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三月二十四日にTが亡くなつた。その二日ばかり前に私は彼と会つて一時間ばかり話をした。その時も彼は空襲がだんだんひどくなるから母さんは早く軽井沢に行つた方がよろしい、自分たちもすぐあとから行くからと私を急かしてゐた。もし軽井沢から急に東京に帰れない場合は彼の妻の実家である岐阜県の大井町へ行つてみるつもりらしかつた。急に彼に死なれて私は疎開する気もなくなつたけれど、それから三月ばかり立つて六月中ばにやつとのこと軽井沢に出かけて行つた。
故郷を持たない人たち、つまり東京人種が無数に軽井沢にあつまつて来てゐた。別荘をもつてゐる人たちはその自分の家に住みついて、不自由ながらもどうにか夏の生活をはじめ、私たち宿屋組もいろいろの工夫をして、なるべくふだんの生活に近い暮しをしようとしてゐた。馬鈴薯や林檎を買ひ出しに行つたり、町のすみの店でこつそり紅茶をさがし出して来たり、すしやで売り出したカボチヤランチといふのを買ひしめて宿の女中さんたちに御馳走してみたり、その日その日はものを考へるひまもなく流れた。三度の食事をしてゐれば、ほかの不自由さはどうにか我慢ができた。インキがないから万年筆を持つて宿屋のお帳場に行つてインキを入れ、二階の奥の部屋まで帰つて来て手紙を書き、さて封筒がないから、またお勝手に御飯つぶをもらひに行つて不器用な手つきをして、ありあはせの紙で封筒みたいなものを張り、それからポストまで出かけて行く、こんなことも波の上の生活みたいに落ちつかない毎日の暮しの一部であつた。