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TORENDIA

春の修善寺

本文約3,700字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

十年ぶりに修善寺を訪れた著者が、道中で聞いた愛鷹丸沈没事故の悲劇に思いを巡らせつつ、町や頼家公の墓の変容を綴る随筆。かつての面影を失い賑わいを増す町で、著者は過去への追憶と温泉地の静寂に向き合う。古寺の鐘の音に耳を傾けながら、宿の火鉢の灰に宿る人々の苦悩や悲しみにまで想像を巡らせ、温泉場に集う人々の営みと冬の夜の静謐な情景を描き出す。

岡本綺堂

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🎧 春の修善寺 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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十年ぶりで三島駅から大仁行の汽車に乗換えたのは、午後四時をすこし過ぎた頃であった。大場駅附近を過ぎると、ここらももう院線の工事に着手しているらしく、路ばたの空地に投げ出された鉄材や木材が凍ったような色をして、春のゆう日にうす白く染められている。村里のところどころに寒そうに顫えている小さい竹藪は、折からの強い西風にふき煽られて、今にも折れるかとばかりに撓みながら鳴っている。広い桑畑には時々小さい旋風をまき起して、黄竜のような砂の渦が汽車を目がけて直驀地に襲って来る。

この如何にも暗い、寒い、すさまじい景色を窓から眺めながら運ばれてゆく私は、とても南の国へむかって旅をしているというのびやかな気分にはなれなかった。汽車のなかには沼津の人が乗りあわせていて、三、四年まえの正月に愛鷹丸が駿河湾で沈没した当時の話を聞かせてくれた。その中にこんな悲しい挿話があった。

沼津の在に強盗傷人の悪者があって、その後久しく伊豆の下田に潜伏していたが、ある時なにかの動機から飜然悔悟した。その動機はよく判らないが、理髪店へ行って何かの話を聞かされたのらしいという。かれはすぐに下田の警察へ駆込んで過去の罪を自首したが、それはもう時效を経過しているので、警察では彼を罪人として取扱うことが出来なかった。かれは失望して沼津へ帰った。それからだんだん聞きあわせると、当時の被害者は疾うに世を去ってしまって、その遺族のゆくえも判らないので、彼はいよいよ失望した。

元来、彼は沼津の生れではなかった――その出生地をわたしは聞き洩らした――せめては故郷の菩提寺に被害者の石碑を建立して、自分の安心を得たいと思い立って、その後一年ほどは一生懸命に働いた。そうして、いくらかの金を作った。彼はその金をふところにして彼の愛鷹丸に乗込むと、駿河の海は怒って暴れて、かれを乗せた愛鷹丸はヨナを乗せた船のように、ゆれて傾いた。しかも罪ある人ばかりでなく、乗組の大勢をも併せて海のなかへ投げ落としてしまった。彼は悪魚の腹にも葬られずに、数時間の後に引きあげられたが、彼はその金を懐ろにしたままで凍え死んでいた。

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