美妙斎美妙
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あらすじ(AIが作成しました)
明治の欧化主義の潮流に乗じ、短篇「武蔵野」で一躍文壇の大立者となった山田美妙斎の姿を描く。本作は、言文一致の文体で読書界を驚倒させた美妙が、雑誌『都之花』の主筆として絶大な人気を博した全盛期を振り返る。一方で、硯友社との確執や、早すぎる成功ゆえの挫折、そして作家としての衰退をたどり、かつての寵児が晩年にたどった孤独で不遇な人生を回想し、近代文学の先駆者に対する社会の冷徹さを綴る。
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一 欧化熱の早産児
丁度この欧化主義の最絶頂に達して、一も西洋、二も西洋と、上下有頂天となって西欧文化を高調した時、この潮流に棹さして極端に西洋臭い言文一致の文体を創めたのが忽ち人気を沸騰して、一躍文壇の大立者となったのは山田美妙斎であった。美妙斎はあたかも欧化熱の人工孵卵器で孵化された早産児であった。
これより先き美妙斎は薩摩の美少年の古い物語を歌った新体詞を単行本として発表した。外山博士一流の「死地に乗入る六百騎」的の書生節とは違って優艶富麗の七五調を聯べた歌らしい歌であったが、世間を動かすほどに注意を牽かないでしまった。が、この詩を発表した時が十八だというから、美妙の早熟の才は推して知るべきである。
美妙斎の名が初めて世間を騒がしたは『読売新聞』で発表した短篇「武蔵野」であった。極めて新らしい言文一致と奥浄瑠璃の古い「おじゃる」詞とが巧みに調和した文章の新味が著るしく読書界を驚倒した。「美妙斎とはドンナ人だろう?」と、当時美妙斎の作を読んだものは作者の人物を揣摩せずにはおられなかった。が、新聞で読んで感嘆したのはマダ一部少数者だけであったが、越えて数月この「武蔵野」を巻軸として短篇数種を合冊した『夏木立』が金港堂から出版されて美妙斎の文名が一時に忽ち高くなった。
丁度同時に硯友社の『我楽多文庫』が創刊された。紅葉、漣、思案と妍を競う中にも美妙の「情詩人」が一頭地を抽んでて評判となった。続いて金港堂から美妙斎を主筆とした『都之花』とが発行されて、純文芸雑誌としてのエポックを作ったので、美妙斎の名は忽ち喧伝されて、トントン拍子に一方の旗頭と成済ましてしまった。