温情の裕かな夏目さん
本文約3,000字 ・ 読了時間 約6分
あらすじ(AIが作成しました)
夏目漱石との十年以上にわたる交流を回顧し、その温かな人柄と知られざる素顔を綴る。千駄木での初対面から日常生活における親密な談話、他者からの依頼を快諾する優しさ、そして支那趣味を好む嗜好や鋭敏な美的感覚など、著者が見た等身大の姿を描写する。気むずかしい人物と評されることもあった漱石の、文壇における独特の存在感や上品なユーモア、そして初期作品への愛着を混じえ、一人の人間としての魅力を描き出す。
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夏目さんとは最近は会う機会がなかった。その作も殆んど読まない。人の評判によると夏目さんの作は一年ましに上手になって行くというが、私は何故だかそうは思わない、といって私は近年は全然読まないのだから批評する資格は勿論ないのである。
新聞記事などに拠って見ると、夏目さんは自分の気に食わぬ人には玄関払いをしたりまた会っても用件がすめば「もう用がすんだから帰り給え」ぐらいにいうような人らしく出ているが、私は決してそうは思わない。私が夏目さんに会ったのは、『猫』が出てから間もない頃であった。夏目さんは気むずかしい黙っている人だとやらに平生聞いていたから会いたいとは思いながら、ついその時まで見合せていたような具合で……。初めて会った時だってわざわざ訪ねて行ったのではなかったが、何かの用で千駄木に行ったが、丁度夏目さんの家の前を通ったから立寄ることにした。一体私自身は性質として初めて会った人に対しては余り打ち解け得ない、初めての人には二、三十分以上はとても話していられない性分である。ところが、どうした事か、夏目さんとは百年の知己の如しであった。丁度その時夏目さんは障子を張り代えておられたが、私が這入って行くと、こう言われた。
「どうも私は障子を半分張りかけて置くのは嫌いだから、失礼ですが、張ってしまうまで話しながら待っていて下さい。」
そんな風で二人は全く打ち解けて話し込んだ。私は大変長座をした。夏目さんは人によってあるいは門前払いをしたり仏頂顔したりするというが、それも本当だろう。しかし私は初めてからそんな心はしなかった。英雄人を欺くというから、あるいはそうかも知れんが、しかし私はそんな気持はしなかった。その後は何かの用があったりして、ちょいちょい訪ねて行くこともあったが、何時でも用談だけで帰ったことがない。お忙がしいでしょうから二十分位と断って会うときでも、やはり二、三時間も長座をするのが常例だった。