家庭の読書室
本文約4,800字 ・ 読了時間 約10分
あらすじ(AIが作成しました)
日本の家庭における読書の習慣が乏しい現状を指摘し、書物を買うことを惜しみ借りて済ませようとする風潮を論じる。学校教育において教科書のみを重視し、参考書などの読書を制限する悪習が児童の知的好奇心を阻害していると批判する。家庭内に書斎や読書室を設け、家族が趣味として読書を楽しむ習慣を育むことが、人格の向上や家庭の幸福につながる道であると説き、知識欲を刺激する環境づくりの重要性を提唱する。
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近ごろは一般に大分本を読むやうになつた。が、女は相変らず読まんナ、若い女どもは無暗と新らしがつてるが、小説を少しばかり読むものは読書家がつてる。尤も新聞さへ碌々読まんのが多いのだから、新らしい小説の一冊も読むものは読書家然としてゐられるが、未だ/\読書国民とは云はれない。
第一、書物を買ふ銭を惜しむ事は呆れて了ふ。要りもしない、一年に二度か三度著る事があるか無いか解らなくても、著物は五十円六十円出して拵へるのを一向何とも思はんくせに、書物となると十銭か二十銭の雑誌一冊でも借りて読まうとしてゐる。
十年も前の咄だが、麻布に住んでる男が来て、帝国文庫の太平記を貸して呉れといふ。夫れから貸してもいゝが、麻布から爰まで来る車代――其時分電車は無かつた――があつたら帝国文庫が買へるだらうと云つたら、成程と、初めて気が付いたやうな顔をしてゐたが、ツマリ書物は借りるものときめて置くから、車代を出すのを何とも思はないでも書物代を出す気にならんのだ。
一体日本人は書物を読まぬ習慣になつてる。昔しは武士の高等教育は武芸であつて、唯の役人となるには筆算と習字さへ出来れば沢山であつた。書籍は学者の商売道具ときめ込んでゐたから学者以外の人間には全く無用であつた。況してや女わらべは草双紙を読むぐらゐで、此の草双紙や戯作本は堅木の家では遠ざけてゐたから、四民の上に位する堂々たる武士の家に書物が一冊も無いのは少しも珍らしく無かつた。