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TORENDIA

利尻山とその植物

本文約10,800字 ・ 読了時間 約22分

あらすじ(AIが作成しました)

明治三十六年八月、著者は加藤泰秋子爵ら一行と共に北見国利尻島の利尻山へ高山植物の採集に向かう。一行は北海道の各地で調査を進めながら利尻島へ渡り、鴛泊を拠点として登山を開始する。過酷な地形や天候の変化、夜間の下山といった困難に直面しつつも、島特有の多様な植物を採集する。本書は、この登山と植物採集の顛末を綴る紀行文であり、著者の責務としてこの調査の記録を報告するものである。

牧野富太郎

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余が北見の国利尻島の利尻山に登ったのは、三十六年の八月である、農学士川上滝弥君が、数年前に数十日の間この山に立籠って、採集せられた結果を『植物学雑誌』に発表せられたのを、読んでから、折があったら自分も一度はこの山に採集に出かけたいと思っていたが、何分にも好機会がないので、思いながら久しく目的を達することが出来なかった、然るに山岳会の会員中で高山植物の採集と培養に熱心な加藤泰秋子爵が、この山の採集を思い立たるるとの話を聞いたので、もし同行が出来れば自分は大変に利益を得られるであろうと信じた所が、子爵もその当時は高山植物に充分の経験を持っておられなかった点もあるので、誰か同行をしてくれる人があればと捜しておられる所であったので、自分の希望は直に子爵の厚意に依て満足せしめられることが出来たのである、しかしその約束の条件として、自分はこの採集の紀行を書くことを引受けたことを第一に白状せねばならぬ、ところが俗にいう、鹿を逐う猟師は山を見ずで、植物の採集に夢中になっていると、山の形やら、途中の有様やら、どうも後から考えて見れば、筆を採って紀行文を作るということが、甚だ困難である、そこでいずれその内にと思いながら次第に年月は経過するし、益々記憶がぼんやりするし、今日となっては紀行を書くということは、絶対に出来悪いこととなってしまった、ところがこの事に当初から関係しておられる諸君は、頻りにこのことを余に責められるので、今更何とも致方がない、それで幸いに山岳会の雑誌に大略のことを載せてもろうて、自分の責を塞ぎ、かつは加藤子爵及びその他の諸君にもこの顛末を告げて謝したいと思う。

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