水と砂
本文約26,600字 ・ 読了時間 約54分
あらすじ(AIが作成しました)
七月の夜、光代と妹の真弓は、滞在中の青年・宏を伴い、叔母が住む扇ヶ谷の川瀬家へ向かう。真弓は従兄の五郎に深い信頼を寄せ、五郎もまた彼女の複雑な心境を受け止める。体調を崩した真弓は、五郎と光代が見守る中、安らかな眠りについて次第に快方へ向かう。やがて真弓は健康を取り戻し、家族が待つ牛込の家へと移るまでの一連の交流と、姉妹や従兄たちの日常的な心理描写を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一 山荘の夜
「此処から足許があぶなくなりますから、みなさんご用心よ。」
彼等が、小流の畔に出ると、一ばん先に進んでゐた光代がかう言ひ棄てていきなり右へ折れた。驟雨に洗はれて空気の澄みきつた七月の初夜である。見あげれば少なからぬ星影は青く燦めいてゐるのであるが、此あたり一帯にすぐ背後に山を背負つてゐるために、闇は一しほに濃い。然し幸ひなことに砂みちであるので、その仄白さと、踏めばサラサラと微かに音を立てるのとで、さう歩き難い方ではない。よそ目には不機嫌と見えようまで黙りこくつた妹娘の真弓が姉のあとから歩いてゆく。真弓のあとに宏がついて行くのである。
――そのまがり角で、
「お先にいらつしやらない。」
と、真弓は無造作に振かへつた。
「いや、僕は一ばんあとが寛りしてゐていいな。」
「そオ。」
そのまま彼女の姿は右手の小径に消える。宏はわざと二三間おくれた。
小径は右に沿ふてはかなりの別荘の垣根つづきであるけれど、左手には薄が一めんに蔓つて、それでなくても狭い此道を更に三分の一ほども蔽ひかくしてゐる。その薄の叢を越えて二三尺も低く、細い流が闇にまぎれて、時たま思ひ出した様な鈍ひ水音を立ててゐる。これは如何にも、あの一風かはつた光代の選びさうな道である。