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TORENDIA

エレオノラ・デュウゼ

本文約7,200字 ・ 読了時間 約15分

あらすじ(AIが作成しました)

一八九一年、ロシアへ向かう旅路で、ヘルマン・バアルは気力なげな一人の婦人を見かける。彼女はのちに全イタリーを熱狂させる女優、エレオノラ・デュウゼであった。本作は、衝動的で官能的な舞台表現で観客を圧倒した若き日と、伝統的な芸術の重みを知り自らを彫刻し始めた円熟期を経て、謎に満ちた独自の芸術を築いた女優の生涯と精神を綴る。彼女がいかにして舞台上で魂をさらけ出し、伝統的な手法とは異なる表現法で人々を魅了したかを論じる。

和辻哲郎

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ロシアの都へ行く旅人は、国境を通る時に旅行券と行李とを厳密に調べられる。作者ヘルマン・バアルも俳優の一行とともに、がらんとした大きな室で自分たちの順番の来るのを待っていた。

霧、煙、ざわざわとした物音、荒々しい叫び声、息の詰まるような黄いろい塵埃。何とも言いようのない沈んだ心持ちが人々を襲って来る。女優の衣裳箱の調べが済むまでにはずいぶん永い時間が掛かった。バアルは美しい快活な少女を捕えてむだ話をしていたが、その娘は何の気なしにこういう話をした。「昨晩私のそばにいた貴婦人がひとり急に痙攣ちゃって、大騒ぎでしたの。そのかたも喜劇を演りにペテルスブルグへいらっしゃるんですって。デュウゼとかって名前でしたよ。ご存じでいらっしゃいますか。」そういってその娘の指さす方を見ると、うなだれた暗い婦人が、毛皮にくるまって、自分の荷物のそばに立っている。初めてこの時ヘルマン・バアルはエレオノラ・デュウゼの蒼白い、弱々しげな、力なげな姿を見たのである。

一週間の後にバアルは彼女を舞台の上に見た。いっしょに行ったのはヨゼフ・カインツとかわいらしい女優のロッテ・ウィットであった。この晩の印象はどうしても忘れる事ができないほど強烈である、三人とも夢中になって、熱病やみのように打ち震えた。カインツは馳け回って大声に歓呼しながら帽子を振り、ロッテはもう役者を廃めるといって苦しげに泣いた。劇場を出た時には三人とも歓びのあまり、酔いつぶれた人のように、気の狂った人のように、恥も外聞もなく、よろめいて歩いた。バアルはその夜徹夜して書きたいような心持ちになったが、筆をとってみると一語さえも書くことはできない。デュウゼについて初めて何か書けそうになったのはそれから四週間の後である。それまでは旅行から得る新しい刺激によって、わずかに頭の整理を続けていた。――これは一八九一年、バアルがロシアに遊んだ時の事だ。

Luigi Rasi のデュウゼ伝によると、デュウゼの血は劇場の内に流れていた。彼女は「劇場の子」である。

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