本文へ移動
TORENDIA

人物埴輪の眼

本文約3,200字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

古墳時代の葬送儀礼に用いられた埴輪の人形を題材に、その独特な造形美と製作者の意図を論じる。人物や動物の像は人体を写実的に模倣するのではなく、意味ある形象として作り上げられている。特に無雑作にくり抜かれた穴である眼は、遠くから眺めることで魂の窓として異様な生気を放つ。稚拙な技術の背後に宿るこの表現力に着目し、のちの彫刻芸術へと繋がる精神の系譜を考察する。

和辻哲郎

速度
🎧 人物埴輪の眼 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 5

埴輪というのは、元来はその言葉の示している通り、埴土で作った素焼き円筒のことである。それはたぶん八百度ぐらいの火熱を加えたものらしく、赤褐色を呈している。用途は大きい前方後円墳の周囲の垣根であった。が、この素焼きの円筒の中には、上部をいろいろな形象に変化させたものがある。その形象は人間生活において重要な意味を持っているもの、また人々が日ごろ馴れ親しんでいるものを現わしている。家とか道具とか家畜とか家禽とか、特に男女の人物とかがそれである。伝説では、殉死の習慣を廃するために埴輪人形を立て始めたということになっているが、その真偽はわからないにしても、とにかく殉死と同じように、葬られる死者を慰めようとする意図に基づいたものであることは、間違いのないところであろう。そういう埴輪の形象の中では、人物、動物、鳥などになかなかおもしろいのがある。それをわれわれは、わが国の古墳時代の造形美術として取り扱うことができるのである。

わが国の古墳時代というと、西暦紀元の三世紀ごろから七世紀ごろまでで、応神、仁徳朝の朝鮮関係を中心とした時代である。あれほど大きい組織的な軍事行動をやっているくせに、その事件が愛らしい息長帯姫の物語として語り残されたほどに、この民族の想像力はなお稚拙であった。が、たとい稚拙であるにもしろ、その想像力が、一方でわが国の古い神話や建国伝説などを形成しつつあった時に、他方ではこの埴輪の人物や動物や鳥などを作っていたのである。言葉による物語と、形象による表現とは、かなり異なってもいるが、しかしそれが同じ想像力の働きであることを考えれば、いろいろ気づかされる点があることと思う。

和辻哲郎の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本