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TORENDIA

美味放談

本文約7,800字 ・ 読了時間 約16分

あらすじ(AIが作成しました)

食への探求心に富む著者が、西洋料理との出会いや星岡の経営理念、鰻の下拵えの秘訣、食材や味覚に関する深い考察を綴る随筆集。利益追求を離れ、料理道の本分を全うすることの重要性を説き、自ら実食し味を見詰めることこそが真の食通への道であると論じる。

北大路魯山人

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上京の頃

僕が初めて東京に出て来た年少時に、京橋のビアホールになにか祝いごとがあってね。ビールが半額なんだ。飲んでやろうと思って行ったが、まず洋食を食おうと思ってね。ところがその時は洋食のことはなにも分らん。ビフテキといっても、それが野菜だか肉だか飲物だか分らん。どうしようかと思って、そこで考えたね。隣のテーブルで命じたものの名前を覚えておいて、その品物が来るのを一生懸命我慢して待っておった。ところが持って来たものがもしかして、前に命じたものを持って来たんじゃないかしらなんて心配してね、用意周到なことだ。とにかくビフテキを注文したがもしかして変なものを持って来たらば逃げ出そうと思っていたら、隣のと同じものを持って来たので安心したよ。聞いてみたらこんどはフライだ。そこでこっちもフライを注文した。西洋料理の名前を二つ覚えたよ。なにしろ他人の注文した料理を見てから注文したんだからね。……その洋食を食った頃は京橋のカフェーなんど古風な物だったよ。新橋の芸妓を呼んでサービスさせたものでね。その頃「伊太利」とかいう洋食屋があって、イタリア風の「うどん」を自慢にしている料理人があった。「ゑり治」の横辺りだったか、三共の横辺りだったかにあった。二百種類くらいマカロニを拵えるというのでね。僕は毎日違ったのを作らせては毎日食ったもんだ。食うことにかけて、いかに研究心が盛んだったか分るだろう。いい機会だと思って毎日行ってみたわけさ。

遂に向こうで困っちゃってね。そんなに毎日は出来ませんて、金は先へ預けておくといっていつでも、二、三十円くらい置いといたが、向こうの方で困っちゃったね。十七、八年前になる。

その頃のこと、去年の暮れか今年の春か、ライスカレーで特色を見せた「南洋」のカフェーの女主人が「わたしの顔だといって先生がスケッチしてくださったのを、今でもわたしは持っています。お閑の時がございましたら一度見て頂けませんか」なんていって来たが。その手紙も遂になくして見あたらなくしてしまった。

料理屋の経営

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