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TORENDIA

白河の七日

本文約3,900字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

甲子温泉に滞在する著者が、白河の青年たちや知人らの案内で市内や近郊を巡る紀行文。楽翁公が造営した南湖公園の風致や十七勝の景観、結城宗廣の忠節を刻む感忠銘、白河の関山にある満願寺などを訪ね、周囲の山々や阿武隈川が織りなす絶景を綴る。さらに花月荘での滞在や、白河城址、鹿島神社などの名所を辿り、山水秀麗な白河の地を「奥羽の京都」と称して、五大勝を挙げながらその魅力を紹介する。

大町桂月

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🎧 白河の七日 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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一 南湖公園

甲子温泉に滯在する中、一日白河へとて、田中桃葉と共に山を下りけるに、白河の青年藤田虎太、長谷部英一、同英吉の三氏後より追付き來りて、共にす。芝原を經て奧州街道に出でし頃、日暮れたり。雨大いに至り、電閃き、雷鳴る。白河の市街に入り、右折して南湖に向ふ。咫尺を辨ぜざる闇の夜にて、雷雨益盛ん也。

いかづちの鳴る度ごとに路見えて

我を導く闇の稻妻

湖畔の偕樂園に籠居して筆を執るほどに、二日目の朝、川崎旭溪二瓢を手にして來り、『共樂亭に至りたるか』と問ふ、『未だし』と云へば、『さらば案内せむ』とて、共に行く。老松路に横はり、幽趣人に逼る。幾艘の小端艇岸邊に横はり、鳰點々蕁菜の間に浮沈す。二三の物賣る家盡きて、右に廣き空地を見る。旭溪曰く、『運動場なり』。北方の山腰を指して曰く、『樂翁公の祠の豫定地なり』。余はこゝに始めて、白河人士が發起して、南湖に樂翁公の祠を建つるの擧あるを知りぬ。義公、烈公が水戸にて通ずる如く、樂翁公は白河にて通ず。樂翁公は江戸時代の賢相なるが、一方には能く白河を治めたり。南湖の如きも、もとは沮洳の地にて、何の役にも立たず。何等の風致も無かりしが、樂翁公之を修理して、一方に五十町歩の南湖を得、一方に百町歩の田を得たり。更に龍田の紅葉、嵐山の櫻を移植し、松を植ゑ、共樂亭を築きて、其の名の如く、士民と共に樂めり。大名專有の園地は、古來到る處にあり。大名の公園を設くることは、實に樂翁公に創まれる也。

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