墓が呼んでいる
本文約88,100字 ・ 読了時間 約177分
あらすじ(AIが作成しました)
重病のひとり息子を持つ母親の度重なる懇願を受け、ある作家は麹町の邸宅を訪れる。かつて東大医学部に在学していた青年が、なぜ見ず知らずの作家に面会を求めたのか。作家は青年との交流を経て、やがて異国の地である姉妹の墓を訪れることになる。本作は、死期を悟った青年や、若くして世を去った姉妹を巡る追憶と交流を描き、生者と死者が交差する不思議な縁と、山間に佇む墓の前で作家が抱く万感の思いを綴る物語である。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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はしがきの一
この話は、今から四年ばかり以前にさかのぼる。その使いが初めて私の家へ来たのは、何でもその年の九月頃ではなかったかと、覚えている。一週間ばかり私が、伊香保の温泉へいっている間に、六十くらいの下男風の老爺が来て、麹町のお邸から来たものだが、若旦那様が折り入ってお眼にかかりたいといっていられる。が、御病中で動けないから、ぜひこちらの先生に、いらしていただきたいと頼みに来たと、いうことであった。
名前は、麹町の五番丁に住む、柳田とかいったということである。もちろん、私が不在だと妻は断った。では、お帰りになった時分に、またお伺いすると老爺は、帰っていったというのである。
私が帰って来たら、妻がその話をした。私には、柳田などという家に、知り合いはない。第一、私は見ず知らずの家から、迎えに来られる身ではない。打抛っておけ! と、いっておいた。
五、六日たったら、その老爺はまた来たそうであったが、その時も私は、留守であった。が、妻は私の性質を知っているから、主人がいましても、多分存知ないお宅へは、お伺いしますまい、どんな御用か知りませんが、お直りになってからでもお手紙で、そう仰しゃって下さいと、断ってしまったということであった。
それでいいでしょう? というから、ああいいとも、結構だ! と私はいった。用もいわずに人を呼び付けるなぞとは、無礼である。また何のため、そんな見ず知らずの家へ呼び付けられるのか、その理由もわからぬ。私は不快に感じた。
それっきり、その妙な家との交渉は、絶えた。後で聞くと、それから一、二度手紙をくれたということであったが、それも記憶にない。いずれにせよ、その婦人の来訪を受けたのは、その翌年の五月頃であった。
なるほど老爺がお邸といっただけあって、相当な家なのであろう。婦人は自家用車に、乗って来た。車を待たせておいて、用談にはいったが、人品も服装も卑しからぬ、五十二、三くらいの婦人であった。