本文へ移動
TORENDIA

耕耘部の時計

本文約3,400字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

農場で働く若い農夫は、農夫室に掛かる青白い柱時計の時間が不正確であることに戸惑う。彼は自分の腕時計と照らし合わせながら時計の不審な挙動に悩まされ、他の農夫たちから笑われる日々を送る。やがて時計が音を立てて六時を打った際、針が突然動く異常を目撃した農夫は、時計の蓋を開けて自ら針のねじを調整する。舶来の時計を修理した彼は、周囲の農夫たちの反応の中で、自身の腕時計と柱時計の時刻を合わせ、静かに安堵する。

宮沢賢治

速度
🎧 耕耘部の時計 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 4

一 午前八時五分

農場の耕耘部の農夫室は、雪からの反射で白びかりがいっぱいでした。

まん中の大きな釜からは湯気が盛んにたち、農夫たちはもう食事もすんで、脚絆を巻いたり藁沓をはいたり、はたらきに出る支度をしていました。

俄かに戸があいて、赤い毛布でこさえたシャツを着た若い血色のいい男がはいって来ました。

みんなは一ぺんにそっちを見ました。

その男は、黄いろなゴムの長靴をはいて、脚をきちんとそろえて、まっすぐに立って云いました。

「農夫長の宮野目さんはどなたですか。」

「おれだ。」

かがんで炉に靴下を乾かしていたせいの低い犬の毛皮を着た農夫が、腰をのばして立ちあがりました。

「何か用かい。」

「私は、今事務所から、こちらで働らけと云われてやって参りました。」

農夫長はうなずきました。

「そうか。丁度いいところだった。昨夜はどこへ泊った。」

「事務所へ泊りました。」

「そうか。丁度よかった。この人について行ってくれ。玉蜀黍の脱穀をしてるんだ。機械は八時半から動くからな。今からすぐ行くんだ。」農夫長は隣りで脚絆を巻いている顔のまっ赤な農夫を指しました。

「承知しました。」

みんなはそれっきり黙って仕度しました。赤シャツはみんなの仕度する間、入口にまっすぐに立って、室の中を見まわしていましたが、ふと室の正面にかけてある円い柱時計を見あげました。

その盤面は青じろくて、ツルツル光って、いかにも舶来の上等らしく、どこでも見たことのないようなものでした。

赤シャツは右腕をあげて自分の腕時計を見て何気なく低くつぶやきました。

「あいつは十五分進んでいるな。」それから腕時計の竜頭を引っぱって針を直そうとしました。そしたらさっきから仕度ができてめずらしそうにこの新らしい農夫の近くに立ってそのようすを見ていた子供の百姓が俄かにくすりと笑いました。

するとどう云うわけかみんなもどっと笑ったのです。一斉にその青じろい美しい時計の盤面を見あげながら。

赤シャツはすっかりどぎまぎしてしまいました。そしてきまりの悪いのを軽く足ぶみなどをしてごまかしながらみんなの仕度のできるのを待っていました。

二 午前十二時

宮沢賢治の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本