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TORENDIA

参宮がえり

本文約7,200字 ・ 読了時間 約15分

あらすじ(AIが作成しました)

明治五年の晩春、参宮帰りの親子が伊良湖岬の磯で船頭一家の漁船に乗り合わせる。船内では女と男たちが不穏な会話を交わしていた。やがて親子の危機を救ったかに見えた女を、父親は海へ突き落とし殺害する。三年後、山村家の嘉市が休息中、隣室で父親の首を締める女を目撃する。女は即座に姿を消すが、嘉平はすでに息絶えており、その光景に嘉市は発狂する。

田中貢太郎

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明治五年比の晩春の夕方、伊良湖岬の手前の磯に寄せて来た漁船があった。それは参宮帰りの客を乗せたもので、五十前後に見える父親と、二十歳位になる忰の二人伴であった。

舟は波のうねりのすくない岩陰に繋がれて陸へは橋板が渡された。その舟には顔の渋紙色をした六十に近い老人と三十位の巌丈な男が艪を漕ぎ、十八九に見える女が炊事をやっていた。老人は伯父で巌丈な男と女は兄弟であるらしい。女が艫の間の竈で焚く火の煙がうっすらと空にあがるのが見られた。

胴の間に忰と坐っていた客は、この時小便を催したと見えて陸へあがって往った。忰は横に寝そべって何を考えるともなしにうとうとしていた。と、その忰の耳へ女の声が聞えて来た。

「……やめておくれよ、やめておくれよ、兄さん、お願いじゃからよ、兄さん、私は承知せんよ」

兄の声がした。

「女子の知ったことか、だまれ」

「だまらんよ、私はそんなことは嫌いじゃ、そんな恐ろしいことは……」

「あほう、何をぬかす、だまれ、だまらんと豪い目に逢わすぞ」

「逢わされてもかまわん、私はそんなことは嫌いじゃよ」

伯父の声がその後に聞えた。

「お民、もうええ、云うな、云わいでもええ」

「そんなら伯父さん、私の頼みを聞いてくれますか」

「ええ、判っちょる、云うな」

兄の声が聞えた。

「あほう、そんなことを云うひまに、お客さんに茶でもあげえ」

忰は何を云っているか判らない船頭一家の話を切れ切れに聞いていたが、そのうちに胴の間へ来る軽い跫音がするのでふりかえった。女が茶を持って来たところであった。

「お客さん、お茶をあげましょう」

女はそう云って忰の前に行儀好く坐った。

「これはありがとう」

忰は起きて坐りなおした。

「御膳も出来ました、すぐこれからあげます」

陸へ往っていた父親が橋板を渡って帰って来た。それと同時に女は腰をあげたが、腰をあげながら忰の顔をじっと見た。忰はその白い顔を見返した。

「船頭さん、明日はどうじゃろう、やっぱり風が無いじゃろうか」

父親の声に年老った船頭のしゃがれた声が答えた。

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