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TORENDIA

春の暗示

本文約2,800字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

春の植物園を訪れた一人の男が、園内の情景やそこで行き交う人々の様子を淡々と綴る随筆。柔らかな春風と陽光の中、水仙や沈丁花などの植物の芽吹き、画架を立てる青年、園丁の姿など、園内の静かでどこか物悲しい空気感を、蜜柑をむきながら歩く語り手の視点から描き出す。夕暮れ時、植物園の鐘の音とともに園を後にするまでの哀愁漂う一人歩きのひとときを叙情的に収めている。

北原白秋

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🎧 春の暗示 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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25. . 10.

午後三時過ぎ、

薄黄水仙の浅葱の新芽枯れたる芝生のなかに仕切られたる円形或は長方形の花壇のなかに二寸ばかり萌えいづ。その幾何学的なる配列のつつましさよ、風微かにかよふ。

水噴かぬ錆びたる噴水の露盤より静かに滴る水滴。

温室前の厚葉シユロランの高きそよぎ。キミガヨランの長きしだり葉に日は光り、南洋土人の頭飾の如くにうち動ぐ。

植物園事務室より出で来りし、若き紳士の紺の背広に赤皮の靴のやはらかなる、薄黄水仙のほとりをぞゆく。

異国の人来る。男は萌黄のソフトをかぶり、女は褪紅の外套を着け、その後より鮮紅の帽かむりし二人の男女の小児爽やかに走りゆく。転づるは French か、角ぐみそめし桜の二列の並木の間の人道を、枯草の辺りを青くして低きかなめ垣の長き径に添ひて、ハリエニシダの花黄なる彼方へとぞゆく。日は黄にして軟かく、冷めたけれども快よき春の風吹く。

とある枯れたる芝生の隅に整はぬ円形を作りあまたの迎春花の小さくして色黄なる花葉もなき枯枝に咲けり。高さは人の足もとにうち見らる。

砂敷ける径のほとり沈丁の花冷めたき風に甘く鋭し。

少年二人カンスを手にさげて静心なく歩みゆく。濡れたる油絵具のにほひ新し。

老緑色の小さき園標に記したる白き文字の淡青さよ。『このおくの下に庭あり。』

暗くして青きインバネスのマワシの下に冷めたく白き指のみ見せて黄なる蜜柑をむきつつ我はゆく……

枝ぶりよきサンシユユの花の小さくして黄なる数かぎりなき哀愁よ、四時過ぎの日光をうけて風に戦げる。

人ごゑきこゆ、女のやさしき砂を踏む足音も……

色淡き、あるは華美なる羽織のちりめんのしとやかさよ、女の一人は淡青のリボンをぞ髪につけたる。

サンシユユと径を隔てて向へるツタウルシの木の小さき細なる花、その枝に毛虫の繭ひとつ透きて見ゆ。

遠き下町の夕とどろき、豆腐屋のラッパ、長く曳く小さき汽笛、鉄板の音。

小鳥ちろちろと鳴く。

湿れる粉つぽくして赤みある黒き土のそこここに、枯れたる小草の淡き淡き乳黄色と、そのなかに萌えいでたる葱色の草わかばの新しき配調を見よ。仏蘭西がへりの若紳士の軽く着けたる粋な背広のにほひする。

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