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TORENDIA

断想的に

本文約2,100字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

葛西善蔵から贈られた鉄瓶や剃刀、体温計といった品々をきっかけに、著者との交友関係を綴る。執筆活動の背中を押してくれた先輩としての葛西の細やかな心遣いや、酔った際に即興の踊りを披露する著者を見守る温かな眼差し、常に独自の流儀を貫いた人柄を回顧する。互いの才能を認め合い、信頼で結ばれた二人の交流の記録であり、かつて受けた数々の厚意と親愛の情を噛み締めながら、今は亡き先輩への敬意と追憶の念を論じる随筆である。

牧野信一

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🎧 断想的に / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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葛西善蔵氏の――。

斯う誌しただけで私は、この十幾日を呆然と打ち過した。合憎、また雨ばかりが好く降り続いたものだ。

葛西善蔵氏の――何から書いたら私はこの一文を適度に纏め得るか――私は迷つてしまつたのである。誌すならば、今日は、何か総体的に形式を重んじた古流の一文を念としたのであるが、それには私の筆は余りに不自由である。

論や批評は、殊に今日は苦しい。

何か手近の軽い緒口を――などゝ私は思ひ直して、煙草を喫し始めると私は傍らの火鉢で切りに湯気を吹いてゐる一つの鉄瓶に気づいた。――忘れてゐたが、これは、いつか葛西氏が私に贈つた物である。何の為であつたか思ひ出せないが、たしか、何かの祝ひの志であつた。

葛西氏は、これを買ふのに二日だか三日懸つたのだとのことだつた。方々の店を見聞した後に漸く日本橋の何某店で、我慢したのであるとのことだつた。

そしてお祝物には魚を添えなければならない(葛西氏は常に、故国の習慣に忠実であつたらしい。)と気づいたので、今日は、わざわざ丸ビルの食料品店に出掛けて、この魚を購つて来た、まあ、どうぞ、これを――といふやうに、半ば鹿爪らしく、半ば苦笑をしながら、恭々しく贈られた。(いろんな場合で葛西氏は、自ら力をこめて、厳めしいスタイリストの面目を発揮した。)

そして、その晩は、今日は遊びに来たのではない、これだけの用で来たのであるから――と、たつて云ひ張つて、間もなく、待たしてあつた自動車に打ち乗つて引き返した。

何かのわけがあつて酷くフテくさつてゐた私を大変に励ました揚句、今回は俺が君の仕事の催促係りを引きうけた! といふほどの好意で、足労を惜まず私を訪れて呉れ、お蔭で、私の或る一作が出来上つた頃のことであつた。

思ひ出のあるものを身近かに置くことの嫌ひな葛西氏であるが、この鉄瓶は、あれからずつと私の机辺で、葛西氏の思惑通り、私に別段何の関心も持たさずに、重宝してゐるやうだ。――全く、不図今、思ひついた、鉄瓶だ。

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