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TORENDIA

「樫の芽生え」を読みて

本文約910字 ・ 読了時間 約2分

あらすじ(AIが作成しました)

宮城聡の短編小説『樫の芽生え』を読んだ筆者が、作品から受けた痛切な感銘を綴る。作者の実生活を彷彿とさせるような、痛ましい生活記録的な物語に触れた読後感と、すぐれた一人称的な経験に基づいた作品に対する深い共感を論じる。読み終えた後に感情を抑えがたく、黙っていられなくなった筆者の心理と、傑作に出会った際に抱く葛藤や称賛の念を素直に吐露する評論である。

牧野信一

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🎧 「樫の芽生え」を読みて / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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宮城聡氏の「樫の芽生え」なる小説を読んで、私は痛感に堪えられなかつた。宮城氏には面識があるようにも思ふが、その宮城氏と、この作者とが同じ人なのか、名前の方の記憶がなかつたりして、甚だおぼろげな程度であつて、それ故、この感激は、全く単純に、「樫の芽生え」なる一作に依るのみの、たゞ、それだけのことであるのだ。加けに私は同氏の作品を読むのは、これがはぢめてゞある。一読者たる私に、この如き思ひを与へしめたこの一短篇小説は、やはり傑作といふ類ひの稀なるものに相違ないのだ。――いつも私は、素直なる作家の痛ましき生活記録的の作品に出遇ふと大概の場合に痛く胸を打たれ、その作者に敬意を払はずには居られないのが常々である。そして、その作品が、その作家の実生活であらうと充分に想像され、且つ、それからの感銘が痛くあればあるほど、明らさまに讚辞や感激の言葉を発しにくかつた。知友の場合に、その目前では尚更のこと、作者とは見ず知らずの例へばこの場合の如き単なる一読者であつた時でさへも、誰彼に向つてもおしやべりは差し控へずには居られない、考へて見れば、つまらぬ遠慮をせずには居られなかつた。それは全くつまらぬ慎しみとも云へぬほどのハニカミ見たいなもので平気になつて差支へない筈なのに、一体に、傑れた、一人称の実際の経験らしい小説に接すると、取材のあれこれの別なく、いつも何か云ひそびれるものを覚えて仕方がないのであつた。

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