晩秋
本文約2,200字 ・ 読了時間 約5分
あらすじ(AIが作成しました)
日曜日に江之島へ行く約束をしながらも、体調不良を理由に回避しようとする兄と、それに強く反発する妹のみち子。前日の騒動を経て、兄は結局みち子と江之島へ向かうことになる。道連れとして友人の岡村とその弟を誘い、二人は新橋から汽車に乗り込む。兄の身勝手な態度に振り回される妹との関係や、気まずい道中が描かれる。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一
僕はどうしても厭だ、と云つたが、みち子がどうしても行くんだ、と云つて承知しない。何故僕が強情を張るか、その理由はちよつと……云ひにくいこともないけれど、云つたつて仕様がないから、云はない。
「無性! 無性! 無性屋さん……」と叫んだかと思ふと、いきなりみち子は僕の背中をドンと打つた。
僕はウーンと仰山なうめき声を発して死んだ真似をした。――さうしてみち子に悟られないやうに、薄く眼を開いて見たら、もうみち子の眼眦には涙が溜つてゐた。何といふ泣き虫な子だらう、僕は苦々しく思つた。少し可哀さうなやうな気もしないでもなかつたが、一体僕は同情心が深過ぎる性質で、その性質を自分でよく知つてゐたから、これツぱかりのことでまたそんな心を起してはよくない、教育の為に宜しくない――などゝ気が附いたので、黙つてゐた。
「ようツてエば……」
「ようとは何だ。あんまり甘えるな。」
僕は起き上つて、厳然と坐り直つて、みち子の顔をウンと睨めた。――みち子は、急に僕が態度を改めたのでびつくりして、キヨトンと僕の顔を視詰めた。
「何だ! ひとが黙つてゐると思つていゝ気になつて……」
みち子は、何とも形容の出来ない変な顔をして、尚も凝と僕の顔を見てゐる。少しく危いぞ、と思つたが、かういふところが大事なところだ、決して機嫌など取つてはならない――。
「その顔は何だ。怒りさへすればいゝと思つて。」
之だけいつたら何とか返事があるだらうと思つたが、みち子は決して口を開かぬ。僕も少々焦れ度くなつて、
「知らないツと!」
横を向いて、机の上の本に眼を落して了つた。
それと同時にみち子はムツクリと立ち上つた。さうして物をも云はず足音荒く僕の室を出て行つた。そら始つた――と僕は思つた。然しかうなると僕も少々気になり始めたので、机の前を離れてそつと階段の降り口に忍び寄り、階下の様子を窺つた。
「泣いてゐちや解らないぢやないか、ええ? お前はほんとに泣き虫だよ、だから兄さんにからかはれるんだよ。」
「…………」
「どうしたツてえのさ、えゝ?」
「兄さんの嘘吐き!」
突然みち子はシヤクリあげて、叫んだ。
「どんな約束をしたの? お母さんに云つて御覧――」