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TORENDIA

美智子と歯痛

本文約3,200字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

朝から激しい齲歯の痛みに見舞われた美智子は、歯医者への恐怖から苦悩し、空想に耽ることで痛みに耐えようとする。母に促されて渋々歯医者へ向かい治療台に上がるが、治療が進むにつれ恐怖心は募る。米粒のような歯を抜いてもらい解放されるものの、治療後には痛みから解放された安堵と引き換えに、体の一部を失ったかのような言いようのない寂しさや哀愁を抱え、母の言葉を背に快活に振る舞いながら通りを歩む。

牧野信一

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🎧 美智子と歯痛 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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美智子は、朝から齲歯が痛んで、とう/\朝御飯も喰べませんでした。眼に触れるものが悉く疳癪にさわりました。焦れツたくて/\堪りませんでした。家ぢうを大声あげて、出来るだけの速さで駆け回つても、まだ飽き足りないやうな気がします。鐘をグワン/\と打ち叩くやうに、或ひは歯のなかへ太い釘を叩き込むやうに――その響がビンビンと脳髄にしみ渡ります。

「あゝ。」と云つて美智子は、頬を押さへて太い溜息を洩らしました。頬が行火のやうに熱くほてつてゐました。たゞでさへ赤い頬が、それこそ林檎のやうに見事にふくれて、鏡で見た時自分ながら思はずフツと笑ひ出すところでしたが、笑ふどころではありません。直ぐに涙が眼に溢れてポタポタとこぼれて来ました。

その癖、美智子はどうしても歯医者へ行く決心がつきません。美智子は、大へん臆病なのです。若し歯医者に行つてから、

「これはどうしても抜かなければ駄目です。」と云はれはしまいか? その時になつて、抜くのは痛いから嫌だと云へば、歯医者が笑ふだらうし、と云つてあのエンマ様の釘抜きのやうなもので、自分は痛くないのだから平気だといふやうに白々しい顔付で、ギウ/\引ツ張られたら、とても堪らない――。

想つたゞけでも美智子は身震ひを禁じ得ませんでした。とは云へ、斯うやつてゐたら何時になつたら治ることやら……この痛さが二時間も続いたら、死んでしまふかも知れない。……だけど未だ歯痛みで死んだといふ人の話は聞いたこともない、一体誰でも歯が痛い時は、このやうに自分と同じやうな程度に痛いものか知ら? どうも他の人の痛さは斯んなに激しいとは思はれない。こんなに痛かつたら誰だつて泣く筈だ。此の間お母さんも齲歯が痛んだが、こんなに騒がなかつた。直ぐに歯医者へ駆けつけて直ぐに治つて帰つて来た。お母さんのはこれ程痛まなかつたに違ひない。

「あゝ、あゝ、あゝツ!」

美智子は、とう/\鏡の前に打伏してしまひました。齲歯の虫が槍を打ち振つて、縦横無尽に口のなかで暴れてゐるやうです。さうしてその虫は凱歌を挙げてピヨン/\ダンスでもしてゐるやうです。

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