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TORENDIA

四郎と口笛

本文約3,100字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

四郎は宿題の算術に苦戦し、母に叱られながらも空想にふけってしまう。机に向かう中で庭の蜻蛉に目を留め、思わず口笛を吹いたことをきっかけに、彼は晴れやかな気持ちを取り戻す。算術の難問に対しても前向きな心持ちで向かい合い、短時間で課題を仕上げると、軽やかな口笛を吹きながら友達の待つ場所へと駆け出していく少年の心の動きを描く。

牧野信一

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🎧 四郎と口笛 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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一

四郎は、つい此の間から、何時といふことなしに口笛が吹けるようになつた。どうしてそれが吹けるようになつたか? 自分にも気がつかなかつた。

「またお前は口笛を吹いてゐる。勉強しながら口笛なんて吹くものぢやありません。」と、四郎は母から叱られた。

なる程四郎は、机の前に坐つて、宿題の算術をやつてゐるところだつた。――四郎は、母の声を耳にすると同時に、ハツと気づいて、思はず手の平で口をおさへた。

「アツ、しまつた。」と、彼は思つた。問題を考へてゐるうちに、うつかり吹いてしまつたのだつた。――もう吹かないぞ――と、四郎は自分を叱るやうに呟いて、再び鉛筆を走らせた。

「甲乙二人の旅人あり。甲は一日に十二里、乙は一日に……」と、問題を読んで行くうちに、四郎の眼の前には、真直ぐな街道が浮んだ。片方は鬱蒼たる木々が茂つてゐる。片方は崖で、崖の下にはさらさらと音をたてゝ小川が流れてゐた。一人の旅人が木々を見あげたり、小川を見下したりしながら、その一筋道をコツ/\と歩いてゐた。――四郎の頭に、ふつとそんな光景が浮んだのである。云ふまでもなく算術の問題の「旅人」といふ言葉に引かされて、思ひついた想像だつた。

四郎はこの光景を想ひながら、旅人の歩みに伴れて、だんだんに回転して来る風景や、旅人の心持などを想像した。

四郎にはいつもさうした悪い癖があつた。それからそれへ、いろいろと絵のやうな空想をたくましうするといふ――悪い癖だつた。だから四郎は算術が一番不得意だつた。「数」といふことを染々と考へるといふことが出来なかつた。その代り絵は好きだつた。そして得意だつた。――算術の場合には悪い癖でも絵の場合には、好い癖になるわけだ。そこまでは四郎にも考へることが出来たが、ではこの癖は、一体ほんとうに悪いのかしら、それとも好いのかしらと考へると、分らなくなるのだつた。

今四郎は、机に向つて算術の問題を考へてゐるところだつた。それなのに、考はいつの間にか、とんでもないところへ走つてゐた。

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