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TORENDIA

社会事情と科学的精神

本文約9,600字 ・ 読了時間 約20分

あらすじ(AIが作成しました)

五・一五事件や二・二六事件を経てファシズム的色彩が濃くなる日本の社会情勢を背景に、強まる抑圧的な雰囲気の中で社会を正しく導くために必要な科学的精神の重要性を説く。田辺元や小倉金之助による論考を紹介しつつ、独断や浅薄な見解に陥らず、科学的な検討と批判をもって事態を打開すべきだと論じる。さらに、自然科学と社会科学の提携を促し、実用のみを追求する現在の科学奨励策の危うさを指摘して、長期的視点に立った科学的精神の涵養を訴える。

石原純

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近時において世界はあらゆる混乱に陥り、すべての国家は険悪な難路を歩みつつあること周知のごとくである。我々の周囲においても思想の錯雑紛糾せること今日のごときは未だかつて見ないといってよいほどであり、したがってすべての人々がこれに多大な関心をもたないわけにゆかない有様になっている。しかも最も恐るべきことには、我々を取り囲むところの全雰囲気がいつかしら一定の偏向を示そうとするかのごとくに見えるのである。我々は正常な雰囲気の状態においてこそ、安らかに生命を保続することができるのであるのに、これがいちじるしく常態を外れるにあたって、そこに多くの憂慮すべき事情の現われることを虞れねばならないであろう。あまりに多く酸素の欠乏せる大気のなかに、我々は窒息を覚えねばならなかったであろうし、もしまた反対に、酸素の過剰に出遇うならば、各人はいたずらに昂奮して無意味な乱舞に陥るかも知れない。だが、すでに非常時の声が我々の国内に漲って以来、この国土における雰囲気はどんな変化を示しつつあるのか。とくにいわゆる五・一五事件や二・二六事件のごとき悲痛なる体験を経来って、そこには明らかにファシズム的色彩が漸次濃厚に達しつつあるではないか。かくのごときものは果して我々の避け得られない運命であったのかどうか、我々は今日においてまさに我々みずからを正視する必要があるであろう。

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