TRENDIA CLASSIC

アインシュタイン教授をわが国に迎えて

石原純

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チューリッヒでのアインシュタイン教授のことを私は上の文に記しましたが、その後世界大戦が勃発し、それが一九一八年にようやく収まった後に、教授のその間に発表せられた一般相対性理論が世界的に著名となったので、わが国でも改造社の山本実彦氏が京都帝国大学の西田教授と相談して教授招聘のことを決定し、私にもこれを話されたので、私も大いに賛成したのでした。実はしかしこのころアインシュタイン教授は諸方からの同様な招聘に悩まされて、多くはそれを謝絶していられたということを後に親しく話されたのでしたが、それにもかかわらずわが国からの招聘を快諾されたということは、教授がいかに多く東洋への興味をもっていられたかを示すのでありました。改造社からは当時ベルリンに滞在していた社員室伏氏を通じてこれをアインシュタイン教授に謀るとともに、私からも一書を親しく同教授に送ったのでした。それは大正十年夏のことであり、その後十二月に招聘の契約書を送ったのでしたが、翌年五月にそれに対する承諾書が来ました。それには九月にドイツのライプチッヒで自然科学者大会が開かれるが、これは創立百年の記念会であるから、そこでの講演を終えて後に直ちに出発することにすると記してあり、その書信の終わりには、

「あなたとこの秋にお目にかかること、そして私たちにとってはお伽噺の幔幕で包まれている輝かしいあなたの国を知ることをよろこばしくもくろみながら

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