TRENDIA CLASSIC

杉田玄白

石原純

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江戸時代の医学

自然科学のいろいろな部門がすべてそうであったように、医学もまた我が国でだんだんに発達して来たのは明治以後のことでありますが、しかしそうなるまでにはやはり江戸時代の終り頃に多くの蘭学者たちによって西洋の医学がさかんに輸入されたことを見のがしてはならないのです。もちろんそれ以前にも我が国に医術というものが無かったわけではないのですが、それらはただ個々の経験を集めたようなものであって、まだ全く学問として系統立ってはいなかったのでありましたし、またわれわれ人間のからだのなかのいろいろな器官がどんなものであり、どんな働きをしているかと云うようなことは、まるでわかっていなかったのですから、本当の意味での医学が発達するのには、どうしても西洋の医学を輸入する必要があったのでした。ところでこれを実際に行った人々のなかで、ここにお話ししようとする杉田玄白やまた前野蘭化などと云うのが特に名だかいのですが、それに続いてたくさんの蘭学医が出たので、今日の人々はこれらの先覚者たちの並々ならぬ苦心とその功績とを忘れてはならないのでありましょう。

尤も杉田玄白よりも少し以前に、京都に山脇東洋という名だかい医者がありました。その父の清水東軒という人も同じく医者で、山脇玄修という人について医学を修めたのでしたが、後に東洋がその養子となって山脇と名のったのだということです。しかしこの医学というのはその頃古医方と云われていたもので、上に述べた西洋の医学とはちがったものであったのですが、山脇東洋は人体の本当の有様を知るのには、どうしてもこれを実際に解剖して真相を見きわめなくてはならないと感じ、久しい間それを念願していたのでした。

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