本文へ移動
TORENDIA

錢形平次捕物控

本文約12,300字 ・ 読了時間 約25分

あらすじ(AIが作成しました)

両国にある水茶屋の看板娘お秀は、店に怪しい人物が現れると銭形平次に用心棒の派遣を求める。平次は店の周辺を監視し、かつてこの店に身を隠した鳴川留之丞が持ち込んだ重要書類や隠し財産を巡る、浪人たちやその子供たちの因縁を解き明かす。複雑に絡み合う過去の事件と現在の動向を鋭い観察眼で追う平次が、店に潜む真相を暴き出し、事件を解決へと導く様子を描く。

野村胡堂

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 15

一

ガラツ八の八五郎が、兩國の水茶屋朝野屋の樣子を、三日續けて見張つて居りました。

「近頃變なのがウロウロして、何を仕掛けられるか氣味が惡くて叶はないから御用のひまなとき、八五郎親分でも時々覗かして下さいな――」

朝野屋の名物娘お秀が、人に反對や遠慮をさせたことのない、壓倒的な調子でかう平次に頼んで行つてからのことでした。

そのころお秀は二十六の年増盛り、啖呵がきれて、小股が締つて、白粉が嫌ひで、茶碗酒が好きで、兩國きつての評判者。その親父の留助は、酒の好きなところだけが娘に似てゐるといつた、店番に生れ付いたやうな、平凡そのものの六十男でした。

茶汲み女は三人、小體な暮しですが、銅壺に往來の人間の顏が映らうといふ綺麗事に客を呼んで横網に貸家が三軒と、洒落た住宅まで建てる勢ひだつたのです。

九月のよく晴れた日の夕景。

「あツ、お前さん、錢箱なんか覗いて、何をするんだい」

お秀は土間に飛び降りると、木綿物の袷に、赤い麻の葉の帶をしめた十七八の娘の袖を掴んでグイと引きました。

「何んにもしませんよ」

極端に脅えて、おど/\する娘は、これも白粉つ氣のない、不思議に清純な感じのする――お秀とは違つた世界に住む種類の人間でした。

「何んにもしないことがあるものか、若い娘の癖に、錢箱なんか覗いたりして、この中にはからくりも品玉もありやしないよ、――あ、八五郎親分、丁度宜いところでした。この娘を縛つて行つていきなり二三束引つ叩いて見て下さいよ。泥を吐かなかつたら、お詫びをしますから、さ」

お秀は娘の肩を掴んで、ガラツ八の方に押しやるのです。

「泥鰌見たいなことを言ふなよ、可哀想に娘は泣いてるぢやないか」

八五郎はノツソリと店先へ入つて來て、張りきつたお秀の顏と、シクシク泣いてゐる、貧しさうな娘の顏を見比べて居ります。

「泣くのは術ですよ。冗談ぢやない、早く何んとかしなきや、人立ちがするぢやありませんか。――此間から變なことばかり續くと思つたら、矢張り物盜りだつたのねエ」

お秀の片頬には、意地の惡さうな――その癖滅法魅力的な冷笑が浮ぶのでした。

野村胡堂の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本