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TORENDIA

錢形平次捕物控

本文約10,600字 ・ 読了時間 約22分

あらすじ(AIが作成しました)

師走の夜、神田鍋町の呉服屋「翁屋」で支配人の孫六が土蔵の前で刺される事件が発生する。現場には金が残されており、外部から侵入した形跡もない。銭形平次は奉公人たちの動きや証言を精査し、孫六が死に際まで隠していた真相を追求していく。誰もが疑心暗鬼になる中、平次は大勢が現場に駆けつける混乱に乗じて犯人がどこへ紛れ込んだのかを突き止め、この惨劇の裏にある複雑な人間模様と動機を鮮やかに解き明かす。

野村胡堂

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一

師走に入ると、寒くてよく晴れた天氣が續きました。ろくでもない江戸名物の火事と、物盜り騷ぎが次第に繁くなつて、一日々々心せはしく押し詰つた暮の二十一日の眞夜中。

「おや?」

神田鍋町の呉服屋、翁屋の支配人孫六は、何にか物に脅かされるやうに眼を覺しました。土藏の方から、異樣な物音が聽えて來たのです。

土藏の中には、商賣物の呉服太物と、暮の間に問屋筋への拂ひに當てるために、ひと工面して諸方から掻き集めた金が、ざつと千兩も入つてをります。萬一それを盜られでもした日には、老舖翁屋の暖簾を掛けたまゝ正月は迎へられないことになるでせう。

「?」

もう一度異樣の物音。それは夜の怪鳥の聲でなければ、土藏の戸前のきしむ音でなければなりません。

孫六は飛び起きて帶を締め直し、一歩踏み出さうとしましたが、思ひ直して引返すと、箪笥の上に置いてあつた用心の脇差を提げて、隣の部屋に寢てゐる伜の孫三郎に聲を掛けました。

「變な音がするから、ちよいと裏の方を覗いて來るよ。あとを氣をつけてくれ」

「――」

よく目の覺めきらない孫三郎のムニヤムニヤ言ふのを背に聞いた、老支配人の孫六は裏口からそつと外へ出た樣子です。

それからものの煙草を二三服吸ふほど經つて、土藏の方から、何やら聞えたやうにも思ひますが、孫三郎もそこまでは判然わかりません。

やがて、ワツと押し潰されたやうな恐ろしい聲を聽くと、孫三郎は事態の容易ならぬを直覺して、彈き上げられたやうに飛び起きました。

開け放したまゝの裏口から跣足で飛び出した孫三郎は、漸く屋根の波を離れた遲い月の光の中に、

「あツ、父さん」

紅に染んで土藏の前に倒れてゐる、父親の孫六を抱き起してゐたのです。それは實に一瞬の間に起つた大動亂でした。

「父さん、どうしたんです。誰がこんなことを――」

伜孫三郎の腕の中に、辛くも擧げた孫六の顏は、月の光の中ながら藍を刷いたやう、自分の脇差に胸を貫かれて、最早頼み少ない姿です。

「父さん、確りして下さい。誰がこんなことしたんです。誰が、どこの誰が、父さん」

さう言ふ孫三郎の顏を、死に行く父親の眼は凝つと見詰めました。

「逃げたよ、――よその人だ、――あの男だ」

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