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TORENDIA

平次と生きた二十七年

本文約6,700字 ・ 読了時間 約14分

あらすじ(AIが作成しました)

眼疾の悪化により筆を折らざるを得なくなった著者が、二十七年間書き続けた捕物帳への想いを綴る。刑罰主義に反感を抱き、犯罪者を寛大に許す主人公を描いた本シリーズの創作背景や、自身の江戸研究に基づく執筆のこだわり、そして登場人物である平次や八五郎への愛着を述懐する。さらに、万年筆を盗まれた実体験や、作品を通じて町人や農民に寄り添い続けた姿勢を振り返り、読者への感謝と創作活動の終わりに対する心境を記した随筆である。

野村胡堂

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🎧 平次と生きた二十七年 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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愛情主義の平次

「銭形平次」を書き始めて、もう二十七年になる。自分が生きている間は書きつづけてゆくつもりでいたが、五、六年前から眼疾が急に悪化して、どうしても筆をもつことが不可能になってしまった。二度、三度と手術をし、どうにかして書きつづけたいと努力してみたが、何分にも七十六歳の老体のことゆえ回復もむずかしかったのだろう、最近ではすっかり気力も失ってしまった。

そんなわけで、到底筆をとれないことを覚悟した。あるいは死ぬまで書けないかもしれない、これも天命だろう。

眼を患って、どのように眼が大切なものかが骨身にこたえてわかった。私は視力が薄れてからも人の手を借りず自分で書いてきたが、この頃は一生懸命書いても、字が字の形を成さない。五号活字ぐらいはぼんやりと読めるけれども、八ポとなると読むこともむずかしい。こういう次第でとうとう筆を折らなければならなくなったが、三百八十余篇の「銭形平次」を愛読してきてくださったみなさんに心からお礼を申上げたいと思う。

いざ、眼のために書くことを諦めなければならないとなると、私の脳裏に浮かぶのはやはり失明のために苦しんだ先人たちのことである。ヘンデルは「光とともに天才を失う」と嘆いたが、この嘆きはそのまま私にはわかる。バッハにしても、滝沢馬琴にしても、眼が見えなくなってからの精神的な苦しみは気の毒に堪えない。馬琴の口述を嫁のお路さんが泣き泣き紙に写したというが、最後の原稿である「八犬伝跋文」はひじょうな名文である。

私は口述をしたことがないので馬琴の真似をすることもできない。致し方のないことである。

私の専門は法律で、大学では牧野英一先生の弟子だった。私はその頃から法律が刑罰主義であるのに一種の反感を抱いていた。人間の世界には悪があるけれども、それを取締るのに刑罰ではなく、なにか新しい法律ができたらいいのに、という願いをいつももっていた。ただ罰することだけが犯罪の解決ではあるまいという気持が常に私にはあった。

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