錢形平次捕物控
本文約12,500字 ・ 読了時間 約25分
あらすじ(AIが作成しました)
江戸の町を騒がす怪盗「鼬小僧」の正体を巡る捕物帖。銭形平次の子分・八五郎は、路地の奥に住む浪人・梶原源左衛門のもとへ、美しい娘のお歌を目当てに通い詰めている。一方、平次のライバルである三輪の万七は、度々鼬小僧を取り逃がしている現場が八五郎の住居に近いことから、彼に嫌疑をかける。平次は八五郎の潔白を信じつつ、周囲の植木職人や職人らの不可解な言動から、真相解明に向けて動き出す。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一
「親分、お早うございます」
「あれ、大層行儀がよくなつたぢやないか、八」
錢形平次は膽をつぶしました。彌造も拔かずに、敷居際に突つ立つて『お早う』などと顎をしやくる八五郎が、今日は何を考へたか、入口から斯う、世間並の挨拶をして入つて來たのです。
二月もあと一、二日、彼方此方の花がふくらんだとやらで、江戸の人氣はほろ醉ひ機嫌といふところでした。
「でせう、親分。行儀がよくなつて、親孝行でもすると世間樣の扱ひが違つて來るから不思議で――」
「待つてくれ。親孝行をし度いと言つても、お前には親がないぢやないか、――たつた一人のお袋は、お前のことばかり心配して、五年前に死んだ筈だが」
「親孝行は隣り町の有太郎といふ植木職人の方で――あつしはお行儀の口で行くつもりですよ」
さう言ひながら八五郎は、キチンと坐り込んで、貧乏搖ぎをして居ります。
「大層なことになるものだな。お前がしびれをきらして居るのを見ると、俺も寢そべつて話を聽いちや、相濟まないやうだな。ところで、どこでそんな結構なことを教はつて來たんだ」
「近所へ越して來たんですよ、――その親孝行とお行儀の先生が」
「親孝行指南所と言つた看板でも出したのか」
「そんなものは出しやしません。唯の御浪人ですよ、梶原源左衞門と言つてね、五十年輩の立派な人だが、ひどく足が惡い」
「それがお前にたき付けたのか」
「お行儀や親孝行をたき付ける奴はありませんよ」
「まア、勘辨しときなよ、俺も親孝行とお行儀は苦手だ」
「その梶原源左衞門先生のところへ、毎日話を聽きに行くことになつたんです」
「お前がかえ」
「あつしの外に同じ路地内に住んでゐる鑄掛屋の幸吉と――親分も知つて居るでせう三十二三の、少し耳の遠い、――それから隣り町の植木屋の職人で有太郎といふ若いの」
「その御浪人のところには、若い内儀か、綺麗な娘が居るんだらう」
「親分はどうしてそれを?」
「そんな囮でもなきや、八五郎や聲の幸吉が、毎日神妙な顏をして、しびれをきらしに通ふものか」
「さすがは親分、天眼通ですね。梶原さんのところにはお歌さんといつて、十八になつたばかりの、新粉で拵へて息を通はせたやうな娘がありますよ」