錢形平次捕物控
本文約14,700字 ・ 読了時間 約30分
あらすじ(AIが作成しました)
江戸の赤坂田町にある坂田屋を拠点とする寶山講は、信徒から集めた二千五百兩を小田原の本社へ送り届けることになります。しかし、見張りを任された用心棒の左吉松が刺殺され、大金が消える事件が発生します。錢形平次は事件を調べ始め、被害者の殺害現場の状況や鐘の音の間隔から、犯人の行動を推理します。事件後は、寶山講が衰退する中で、お紋ら坂田屋の人々はそれぞれの道を歩み出します。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一
「親分、近頃江戸にも、變なお宗旨があるんですつてね」
ガラツ八の八五郎、何を嗅ぎ出したか、小鼻を膨らませて、庭口からノソリと入つて來ました。
五月の末のある朝、明神樣の森も申分なく繁り合つて、平次の家までが、緑の庭に淀んだやうな日和です。庭先に並べた草花の鉢の芽を、後生大事にいつくしんでゐるところへ、この足に眼のない男が木戸を跳ね飛ばすやうに闖入して來たのでした。
「頼むから足許に氣をつけてくれ。この間もお前に朝顏の鉢を穿かれて、二三杯滅茶々々にされたぢやないか」
平次は氣のない腰を伸ばしました。外に道樂はないにしても、三文植木や、草花の鉢に夢中になる親分の趣味が、八五郎にはどうしても呑み込めません。
尤も、拳固を七三に構へたやうな、間の拔けた彌造を拵へて、メロデーのない鼻唄か何んかを唸りながら、江戸中を驅け廻つて居るからこそ、時々は素晴らしいニユースを嗅ぎ出して來て、平次に溜飮を下げさせてくれる八五郎でもありました。
「何んと言つてもお宗旨ですね。信心でもなきや、この不景氣に二千五百兩といふ金は寄りませんや。ね、さうぢやありませんか親分」
「お宗旨がどうしたんだ。俺のところは、死んだお袋の遺言で、阿彌陀樣一點張りさ、――太鼓持お宗旨だけは負けてゐず――とな。御用聞だつて金づくや權柄づくぢや、宗旨は變へないよ」
平次はそんな事を言ひながら、まだ朝顏の鉢から眼も離しません。
「へツ、誰も宗旨替なんか勸めに來たわけぢやありませんよ。近頃は妙に新しい宗旨が多くなつて、お上でも取締りに困つて居ることは、親分も御存じでせう」
「聽いたよ」
「その中でも、寶山講なんてえのは、洒落たものですよ。有難い歌を唄つて、裸踊を踊つて、くたびれた頃お酒が出て、醉つてところで雜魚寢をするんだつてね。どんなわからねえ野郎でも、あれだけ有難くされると、極樂往生疑ひなしと來やがる。へツ、たまらねえな、親分の前だが――」
八五郎はペロリと舌を出して、自分の頬桁を一つ、威勢よく叩くのです。
「ワツ、止せよ、鼻の頭なんか甞めるのは。どうも氣味のよくねえ藝當だ」
などと、掛け合ひ噺は埒もありません。