錢形平次捕物控
本文約12,900字 ・ 読了時間 約26分
あらすじ(AIが作成しました)
向島の藤屋で催された生き葬ひの儀式中、檜の棺が揺れ、血が流れるという不可解な出来事が起きる。棺の中から殺された幇間・善八が発見され、その場は騒然となる。銭形平次は、この混乱の中で不自然な動きを見せた藤屋の知人・利三郎に疑いの目を向ける。平次は犯人が仕掛けた手品の真相や、物置で見つかった証拠を基に、利三郎の嫉妬心と冷酷な計略を追い詰め、事件の全貌を明らかにしていく。
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一
「親分、向島の藤屋の寮で、今日生き葬ひがあるさうですね」
ガラツ八の八五郎は、相變らず鼻をヒクヒクさせながらやつて來ました。
「俺はこれから、その生き葬ひへ出かけるところよ。お前も一緒に行つて見ないか」
錢形平次は嗜みの紙入を懷ろに落して、腰へ煙草入を差すと立上がりました。
「御免蒙りませう。親分のお供は有難いが、あつしは生き葬ひを出す奴と、死に金を貯める奴が大嫌ひで、へツ、へツ」
「いやな笑ひやうだな。どうせどつちにも縁はあるめえ」
「へツ、仰せの通りで。あつしは江戸中の奴がびつくりするほど借金を殘して死にてえ」
「その八五郎にビツクリするほど金を貸す奴がありや宜いが」
「違げえねエ」
相變らず無駄ばかり言ふ二人でした。
「金があつて暇があつて死に度くない奴が考へ出したことだらうが、生きてるうちに葬ひを出すといふのは考へて見ると妙なもんだね、――近頃は矢鱈に流行るんだが――」
平次はつく/″\さう言ふのです。江戸の文化も漸く爛熟しかけて、町人階級に金があると、通にも粹にも縁のないのが、せめて生き葬ひを出して馬鹿騷ぎをし、自分の人氣を試して見るのが面白かつたのでせう。
「親分はまた何んだつてそんなものへ出かけるんです」
八五郎にはそれが不思議でならなかつたのです。御藏前の札差で何人衆の一人と言はれた藤屋の彌太郎が、道樂や贅澤にも飽きた末、自分の葬式を出してアツと言はせようといふ、アクの強い催しにノコノコ出掛けて行く日頃の平次ではなかつたのです。
「御馳走があるんだよ。河岸を一日買ひきつたといふ話だ」
「冗談でせう、そんな事で親分が――」
八五郎は頑固に頭を振ります。
「では、これを見るが宜い」
平次は煙草入を拔くと、かますの中から取り出したのは、小さく疊んだ紙片が一枚。粉煙草を拂つて、八五郎の鼻の先に突き付けるのでした。
「へエ、これならあつしにも讀めさうだ。皆んな日本の字で書えてある」
「日本の字だつてやがる。それは假名だよ」
「――何々(藤屋の生き葬ひに大變なことがある、親分はこいつを見のがしちやなるめえ)――成る程ね」
「どうだ、それを讀んだらお前も向島へ行く氣になるだらう」