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TORENDIA

新書太閤記

本文約198,300字 ・ 読了時間 約397分

あらすじ(AIが作成しました)

備前岡山の城下では上巳の節句を迎え、平和な時間が流れている。秀吉は宇喜多秀家の妹たちと雛祭りの客として戯れる中、甲州の陣から戻った使者から織田信長の書状を受け取る。その内容を確認した秀吉は、黒田官兵衛らを呼び出し、密かに重要事態への対応を講じ始める。一方、京の愛宕山では光秀が歌会に臨む中、秀吉は京都から毛利領への往来を遮断する手配を命じ、迫りくる大きな動きを予感させながら、独り静かに刻を数える。

吉川英治

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雛の客

備前岡山の城はいま旺んなる改修増築の工事にかかっている。

ここの町を中心として、吉備平の春を占めて、六万の軍馬が待機していた。

「いったい戦争はあるのかないのか」

熟れる菜の花を見、飛ぶ蝶に眠気を誘われ、のどかな町の音響や、城普請の鑿の音など聞いていると、将士は無為に飽いて、ふとそんな錯覚すら抱くのだった。

三月上旬の三日。――すでにかの甲州方面では、信長、信忠の指揮下に、大軍甲信国境からながれこんで、ちょうどこの日、武田勝頼は運命の非を知って、その拠城新府にみずから火を放ち、簾中そのほか一門の女性までが、天目山のさいごへさして、炎々の下から離散を開始していた日である。

だが、ここの岡山は、折ふし上巳の節句とて、どこのむすめも女房たちも、桃の昼に化粧をきそい、家の内には、宵に燈す雛まつりの灯や、盃事の調べなどして、同じ天の下ながら、地上はまるで別な世かのように平和であった。

「おや。お早打が」

二騎、町木戸から、ほこりを立てて、城門の方へ駈け去った馬蹄の音にも、さして事々しく、天下の急変の前駆とは、耳そばだてる者もなかった。

――が、城門の前へ、弾丸のように駈けついた使者は、

「黄母衣の者、山口銑蔵ですッ」

「同じく、松江伝介。ただ今もどりました」

と、番の者へいう大声にも息を喘いで、こんどは二人同音に、

「甲州御陣へお使いして、今日帰着。通りますッ」

と、どなる。

番の将士がわらわらと出て来てふたりの側へ寄り集まった。何事かと思うと、たちまち一人の将は、

「やあ、御苦労。御大儀」

と、ふたりの肩をたたいてねぎらい、その部下たちは、馬を取って、内へ曳き入れ、また使者の袖や背の埃を払ってやるのもあるし、汗拭を与えて宥るもあるし、口々に、

「お早いことで」

「遠国から一息に、大変だったでしょう」

「さあ、あれにて、湯なと召し上がれ」

と、その労を慰めた。

だが、使者は、髪なで直すと、すぐ足を早めて、

「一刻もはやく、君前におこたえをすまさねば」

と、馬をそこに捨てて、もう足は駈けていた。

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