TRENDIA CLASSIC

和辻哲郎

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夢の話をするのはあまり気のきいたことではない。確か痴人夢を説くという言葉があったはずだ。そう思って念のために辞書をひいて見ると、痴人が夢を説くというのではなくして、痴人に対して夢を説くというのがシナのことわざであった。夢の話をすること自体が馬鹿げたことだというのではない。痴人に対して夢の話をするのが馬鹿げているというのである。そうなると大分むつかしくなる。どうしてそれが馬鹿げているのであろうか。反対に、賢人に対して夢の話をしても馬鹿げたことにならないのはなぜであろうか。それに対するシナ人の答えは、痴人ノ前ニ夢ヲ説クベカラズ、達人ノ前ニ命ヲ説クベカラズという句に示されているように見える。これは陶淵明の句だと言われているが、典拠は明らかでない。とにかく、すでに命を十分に体得している達人に対して、今さら命を説くのが馬鹿げているように、到底現実となり得ないような夢にあこがれている痴人に対して、さらに夢を説いて聞かせるのは、馬鹿げたことだという意味であろう。夢にあこがれている痴人に対してなすべきことは、人力のいかんともなし難い命運を説いて聞かせることである。そのように、命を悟ってあきらめに達している賢人に対しても、夢を説いて聞かせるのは無意味ではあるまい。夢へのあこがれがどれほど現実に動いているかを痛感させてやれば、命運で割り切ってあきらめの底に沈んでいる達人も、なんとかしなくてはという気持ちで、動き出してくるかも知れない。あるいはまたそういう達人は、夢の話を聞いて、その底に動いている命を達観し、それを解りやすく教えてくれるかも知れない。従って達人に対して夢を説くということは、少しも馬鹿げたことではない。これが陶淵明の句から当然帰結されてよい考えだと言ってよかろう。

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