故郷七十年
本文約255,900字 ・ 読了時間 約512分
あらすじ(AIが作成しました)
兵庫県出身の著者が、明治期から続く自身の足跡とその背景を綴る随筆。幼少期の母の思い出を交えながら、往時の世相や夫婦関係、故郷を離れて過ごした学生時代の記憶などを辿る。八十余歳を迎えた著者が、過ぎ去った年月を振り返り、人々の移ろいや記憶の不確かさ、言葉の伝来といった事柄について思索を巡らせる。
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起筆の言葉
神戸新聞は今年満六十年を迎えるという話である。人間でいえば還暦というわけであろう。ところが初めて私が生れ故郷の播州を出て関東に移ったのは、それより十年以上も古い昔のことであった。それから私の心身がだんだん育って行くにつれ、私の眼が全国的に拡がり、世界中のことにも関心を引かれるようになったことに不思議はない。しかしそれでも幼い日の私と、その私をめぐる周囲の動きとは八十余歳の今もなおまざまざと記憶に留って消えることはない。いつかそのころに筆を起し私自身の足跡とその背景とを記録するならば、或いは同時代の人たちにも、またもっと若い世代の人たちにも、何か為めになるのではないかというのが、かねてから私の宿志であった。
幸いに時が熟したので、神戸新聞の要請をいれ、ここに「故郷七十年」を連載することにした。それは単なる郷愁や回顧の物語に終るものでないことをお約束しておきたい。
(昭和三十三年一月八日) [#改丁]
母の思い出に――序にかえて
今頃おかしな話をするようだけれども、私は母の腰巾着、九州でいうシリフウゾ、越中の海岸地帯ではバイノクソなどと、皆にからかわれる児童であった。大きな三人の兄が遠くに出て居て、父も本ばかり見て居る人だったので、少しは独り言の聴き役のような地位に在ったからでもあろう。その癖横合いから少しでも不審を打つと、忽ちおまえはまだ子供やさかい、の一言を以て押さえられ、自分も亦自ら戒めて、そんなことは聴かせぬようにせられたようである。