浅草の喰べもの
本文約3,400字 ・ 読了時間 約7分
あらすじ(AIが作成しました)
浅草の料理屋、鳥屋、鰻屋、天麩羅屋、牛屋、鮨屋、蕎麦屋、汁粉屋、西洋料理屋、支那料理屋など、多岐にわたる飲食店を列挙する。著者はそれぞれの店が持つ独自の雰囲気や歴史、客層、そして現在置かれている状況を詳細に記述する。各店舗の立地や運営形態に触れながら、この土地が持つ食文化の変遷と現状を綴る。結びとして、著者はこの地域には静かに食事を楽しめる場所が不足しているという実感を論じる。
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料理屋に、草津、一直、松島、大増、岡田、新玉、宇治の里がある。
鳥屋に、大金、竹松、須賀野、みまき、金田がある。
鰻屋に、やつこ、前川、伊豆栄がある。
天麩羅屋に、中清、天勇、天芳、大黒屋、天忠がある。
牛屋に、米久、松喜、ちんや、常盤、今半、平野がある。
鮨屋に、みさの、みやこ、清ずし、金ずし、吉野ずしがある。
蕎麦屋に、奥の万盛庵、池の端の万盛庵、万屋、山吹、藪がある。
汁粉屋に、松村、秋茂登、梅園がある。
西洋料理屋に、よか楼、カフエ・パウリスタ、比良恵軒、雑居屋、共遊軒、太平洋がある。
支那料理屋に来々軒がある。
この外、一般貝のたぐひを喰はせるうちに、蠣めし、野田屋があり、てがるに一杯のませ、且、いふところのうまいものを喰はせるうちに、三角、まるき、魚松がある。
これらのうち、草津、一直、松島、大増、新玉、及び、竹松、須賀野、みまき等は、芸妓の顔をみるため、乃至、芸妓とゝもに莫迦騒ぎをするために存在してゐるうちである。宴会でもないかぎり、われわれには一向用のないところである。
往年、五軒茶屋の名によつて呼ばれたうち、草津、一直、松島の三軒は右の通り、万梅は四五年まへに商売をやめ、今では、わづかに、大金だけが、古い浅草のみやびと落ちつきとを見せてゐる。
座敷のきどり、客あつかひ。――女中が結城より着ないゆかしさがすべてに行渡つてゐる。つくね、ごまず、やきつけ、やまとあげ、夏ならば、ひやしどり、いつも定つてゐる献立も、どこか、大まかな、徒らに巧緻を弄してゐないところがいゝ。――われ/\浅草に住む人間の、外土地の人の前に自信をもつて持出すことの出来るのは、このうちと金田とだけである。