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TORENDIA

十年……

本文約4,600字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

鎌倉に移り住んで十年が経った著者。かつての馴染みの店が八百屋に変わり、東京への往復に老いを感じる日々を送る。ある日、体調不良を感じて馴染みの医師の元を訪れるが、その医師もまた高熱に苦しんでいた。やがて医師の急逝を知り、著者は自身の老いや身の行末に思いを巡らせる。戦後の混乱期を共に歩んだ人々の移ろいと、過ぎ去った年月の影を静かに綴る随筆である。

久保田万太郎

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🎧 十年…… / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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――まど子さん、何年になつたの、今度?……

と、ぼくは、たま/\逢つたKさんの、上のはうのお嬢さんに、何んの気なしに訊いた。

――来年、卒業です。

と、まど子さんは、ニッコリ、口もとをほころばした。

――えッ、来年、卒業?……

ぼくは、おもはず大きな声をだして、

――ほんと、まど子さん?……

と、改めて、まど子さんの顔をみた。

――えゝ。

まど子さんは、もう一度、ニッコリした。

――へえ、それァ……

ぼくは、おもはず今度は、溜息を……自分だけにわかる溜息をついた。……のは、嘗て、まど子さんの慶応義塾の大学の入学試験をうけるときの心配と、そして、首尾よく合格したときの喜びの幾分とを、まど子さん、及び、まど子さんのお母ァさんとゝもにわけ合つたぼくだからである。……お父さんのKさんは、ちやうど、そのとき、フランスへ行つてゐた。……そして、それが、そのまど子さんの返事を聞くまで、ついまだ、昨日の出来事のやうにしか、ぼくには思へなかつたのである……

――驚いたなァ、それァ……

いつ、そんな……いゝえ、いつの間に、そんな、三年も五年もの年月がすぎたのだらう?……その間で、一たい、ぼくは、何をしたといふのだらう?……すくなくとも、一人のお嬢さんが大学に入り、やがてもう、来年は卒業するといふその間で……

ぼくは、いまさらのやうに、ぼくをめぐつて去つた年月のかげを追ひ、身のまはりをみまはした。

□

東京にでゝゐて、七八日ぶりで鎌倉に帰ると、下河原の雅楽多堂といふ、文字どほりのガラクタばかり並べた古道具屋が、いつの間にか、八百屋になつてゐた。

――はて?

と、ぼくは、わが目を疑つた。……しかし、みれば、その八百屋の店で働いてゐるのは、いつもの、よれ/\の古洋服を無精ッたらしく着た、もとの、矢つ張、雅楽多堂の老主人だつた。

すれば、雅楽多堂が転業したので、代の替つたのでないことはあきらかだ。

しかし、古道具屋と八百屋……

判じものだ、どうしたつて、これ。……

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