錢形平次捕物控
本文約10,400字 ・ 読了時間 約21分
あらすじ(AIが作成しました)
四谷忍町の豪商小松屋の若旦那を名乗る重三郎が、錢形平次のもとを訪れる。かつて両国の橋の下で暮らしていた宿なしの文吉であった彼は、ある日突然小松屋の跡取りとして迎えられたという数奇な運命を語る。しかし、近頃周囲で不審な病死が相次ぎ、自身も命を狙われていると訴える。実は重三郎の正体には重大な疑惑があり、その虚偽を見抜いた平次は、小松屋の跡取りの座を巡る恐ろしい陰謀と隠された真実を追い始める。
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一
「親分、四谷忍町の小松屋といふのを御存じですか」
「聞いたことがあるやうだな――山の手では分限のうちに數へられてゐる地主か何んかだらう」
錢形平次が狹い庭に下りて、道樂の植木の世話を燒いて居ると、低い木戸の上に顎をのつけるやうに、ガラツ八の八五郎が聲を掛けるのでした。
「その小松屋の若旦那の重三郎さんを案内して來ましたよ。親分にお目にかゝつて、お願ひ申上げたいことがあるんですつて」
さう言へばガラツ八の後ろに、大町人の若旦那と言つた若い男が、ひどく脅えた樣子で、ヒヨイヒヨイとお辭儀をして居るのです。
「お客なら大玄關から――と言ひ度いが、相變らずお靜が日向を追つかけて歩くから、あそこは張板で塞がつて居るだらう。此方へ通すが宜い」
「へツ、そこは端近、いざま――ずつと來たね。若旦那、遠慮することはない。ズイと通つて下さいよ」
八五郎の剽輕な調子に誘はれるやうに、身扮の凝つた、色の淺黒い、キリリとした若いのが、少し卑屈な態度で、恐る/\入つて來ました。精々二十歳そこ/\でせうか、まだ世馴れない樣子のうちに、妙に野趣を帶びた、荒々しさのある人柄です。
「あつしは平次だが――小松屋の若旦那が、どんな用事で、こんなところへ來なすつたんだ」
縁側へ席を設けさして、平次は煙草入を拔きます。調子は間違ひもなく客を迎へ乍ら眼はまだ庭に並べてある、情けない植木鉢に吸ひ付いて、その若い芽や、ふくらんで行く蕾を享樂して居るのでした。
「思案に餘つて參りました――私の身に大變なことが起つたのでございます」
「大變なことにもいろ/\あるが」
平次の瞳は漸くこの若い客に戻りました。持物も、身扮も、申分なく大商人の若旦那ですが、物言ひや表情や身のこなしに、一脈の野趣と言はうか、洗練を經ない粗雜さの殘るのはどうしたことでせう。
「――私は、殺されかけてゐるので御座います。親分さん」
「それは容易ぢやないな、詳しく話して見るが宜い――が、その前に、お前さんの身の上を聽いて置き度いな。お前さんは小松屋の若旦那で、素直に育つて來た人ぢやあるまい。昨今田舍から出て來たのか、それとも――」
錢形平次の首はむづかしく傾きます。