梟娘の話
本文約3,700字 ・ 読了時間 約8分
あらすじ(AIが作成しました)
天保四年、水戸の城下で光を極端に嫌い暗い部屋で育った十三歳の美しい少女が、藩の触れ出しにより施薬院へ連れ出されることになる。周囲の説得により両眼を紙で塞いで屋敷を出るが、集まった群衆に囲まれてパニック状態となり、ついには城の堀へと飛び込む。その後、堀の中から姿は発見されなかったが、八月の暴風雨の最中に黄金の鱗を持つ怪物が天へ昇る様子が目撃され、少女が龍蛇へ姿を変えたのではないかという奇怪な噂が城下町に広まる。
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天保四年は癸巳年で、その夏四月の出来事である。水戸在城の水戸侯から領内一般の住民に対して、次のやうな触渡しがあつた。それは領内の窮民または鰥寡孤独の者で、その身がなにかの痼疾あるひは異病にかゝつて、容易に平癒の見込みの立たないものは、一々申出ろといふのであつた。
城内には施薬院のやうなものを設けて、領内のあらゆる名医がそこに詰めあひ、いかなる身分の者でも勿論無料で診察して取らせる、投薬もして遣るといふのであるから、領内の者どもは皆その善政をよろこんで、名主や庄屋をたよつて遠方からその診察を願ひに出てくる者も多かつた。
ところが、眼のさきの城下に不思議の病人のあることが見出された。それは下町の町人の娘で、文政四年生れの今年十三になるのであるが、何ういふわけか此世に生れ落ちるとから彼女は明るい光を嫌つて、いつでも暗いところにゐるのを好んだ。少しでも明るいところへ抱へ出すと、かれは火のつくやうに泣き立てるので、両親も乳母も持余して、よんどころなく彼女を暗い部屋で育てた。それが習慣になつたかして、彼女は起つてあるくやうになつても矢はり暗い部屋を離れなかつた。しかも彼女は決して盲でもなかつた、跛足でもなかつた。殊にその容貌はすぐれて美しかつた。赤児のときから日の光をうけずに育つたにも似ないで、かれの顔は玉のやうに輝いてゐた。戸障子を立て籠めて、その部屋はすべての光を防ぐやうに出来てゐるばかりでなく、かれは厠へ通ふ時のほかは他の座敷へも廊下へも出なかつた。厠へゆく時でも、かれは両袖で顔を掩ひかくすやうにしてゐたが、どうかして其袖のあひだからちらりと洩れた顔をみせられた場合には、誰でもその美しいのに驚かない者はなかつた。