銭形平次捕物控
本文約12,800字 ・ 読了時間 約26分
あらすじ(AIが作成しました)
神楽坂の路地で、武芸に秀でた浪人・川波勝弥が背後から刺殺される事件が発生する。現場には死んだはずの娘の懐ろ鏡が割れて落ちており、怪談めいた様相を呈していた。八五郎から話を聞いた捕物の名人・銭形平次は、関係者の動向や下男の不審な死を辿りながら、事件の背後に潜む因縁と真実を解き明かしていく。本作は、江戸を舞台に発生した難事件を平次が鮮やかに解決する過程を描く捕物控である。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一
「親分、面白い話があるんだが――」
八五郎のガラッ八が、長い顎を撫でながら入って来たのは、正月の十二日。屠蘇機嫌から醒めて、商人も御用聞も、仕事に対する熱心を取り戻した頃でした。
「しばらく顔を見せなかったじゃないか。どこを漁って歩いてたんだ」
銭形の平次は縁側から応えました。湯のような南陽にひたりながら、どこかの飼い鶯らしい囀りを聴いていたのです。
凝としていると、梅の香が流れて、遠くの方から、時々ポン、ポンと忘れたような鼓の音が聴えて来るといった昼下がりの風情は、平次の神経をすっかり和めていたのでしょう。
「親分、憚りながら、今日は申し分のない御用始めだ。野良犬が掃き溜めを漁るように言って貰いたくねえ」
「大層なことを言うぜ。どこでお屠蘇の残りにありついたんだ」
平次はまだ茶かし加減でした。こう紫に棚引く煙草の烟を眺めて、考えごとをするでもなく、春の光にひたりきっている姿は、江戸開府以来の捕物の名人というよりは、暮しの苦労も知らずに、雑俳の一つも捻っている、若隠居という穏やかな姿でした。
「親分、神楽坂の浪人者殺し、あの話をまだ聴かずにいるんですか」
「聴いたよ、――が、二本差と鉄砲汁は親の遺言で用いないことにしてある」
「へッ、こいつはたまらねえ御用始めですぜ。親の遺言はしばらく鉄砲汁の方だけにしちゃどうです」
ガラッ八はいつの間にやら、日向一パイに塞がって、お先煙草を立てつづけに燻らしているのでした。
「ことと次第じゃね、――話してみな、どんな筋なんだ」
暮からあぶれている平次は、まんざらでもない様子です。全く松の内から江戸中を駆けずり廻って、親分のために素晴らしい御用を嗅ぎ出そうとしていた、ガラッ八の心意気を知らないわけではなかったのでした。
「ね、親分。幽霊が人を殺すでしょうか」
「何を下らねえ」
「生霊、死霊てえ話は聴いたが、足のねえ幽的が、後ろから脇差で人を殺すなんてことがあるでしょうか」
「馬鹿も休み休み言うがいい。そんな物騒なエテ物が、箱根のこっちにいてたまるものか」
平次は頭からけなしつけますが、その癖ガラッ八の話に、充分すぎるほどの興味を動かした様子でした。