本文へ移動
TORENDIA

水中の宮殿

本文約26,300字 ・ 読了時間 約53分

あらすじ(AIが作成しました)

亡き父の汚名を雪ぐ使命を抱く綾子は、老僕正平の惨殺と父の研究記録の盗難を知り、平泉へ向かう。翠川健一、燿子兄妹の協力を得て手がかりを探るうち、父の助手だった滝山が私利のために一連の凶行に及んでいたことが判明する。やがて彼らは地下に隠された古都の宝庫を発見するが、そこには金銀財宝ではなく、歴史的価値の高い古文書や工芸品が眠っていた。綾子は亡き父の真意を悟り、新たな生活へと歩み出す。

野村胡堂

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 31

父の汚名を雪ぐ――大事な使命

「お嬢様、大急ぎで鎌倉の翠川様の別荘へいらしって下さい」

「どうしたの、爺や」

「どうもしませんが、夏休になったら、泊りにいらっしゃるお約束じゃございませんでしたか」

「でも、爺や一人で不自由な事はない?」

「私はもう六十八ですもの、どんな事があったって驚きやしません」

「まア、なんかあったの爺や」

立花博士の遺児、今年十四になる綾子は、呆気に取られて正平爺やの顔を見詰めました。

「お嬢様、それじゃ申し上げますが、――お嬢様が此処にいらっしゃると、命が危いんです」

「そんな事が爺や」

「今朝、お嬢様のお部屋のバルコニーの欄干の襖が抜けて、お嬢様がいつものように凭れれば、すぐ外れるようになっていたのを御存じでございますか」

「まア」

「あのバルコニーから落ちると、下はコンクリートですから助かりっこはありません」

「それから――」

正平爺は綾子の耳に口を寄せました。渋紙色の皮膚や白髪になりきった頭が近々と来ると、小さい時分、この爺やに抱かれて、植物園や動物園を遊び歩いた事などを思い出して、ツイ綾子の眼は追憶の涙に濡れるのでした。

「お嬢様、そればかりじゃございません。二、三日前には――」

正平爺やは、何やら綾子に囁きました。

「爺や、私、怖い」

「ですから、今すぐ鎌倉へいらっしゃいまし。お荷物は後からお届けしますから」

「爺やは?」

「私は此処で見張っていなきゃアなりません。私がいなくなったら、悪者共は、どんな事をやり出すか判りません」

「でも」

「お嬢様は、大事な大事な仕事を持っていらっしゃるじゃございませんか。万一の事があったら、広い世界に、誰がお父様――立花博士の恐ろしい汚名を雪ぐでしょう」

「爺や、行くワ、叱らないでね」

「誰が、お嬢様を叱るものでしょう。とんでもない」

爺やも、綾子も泣いておりました。暫くは白髪頭と断髪と、テラスの葡萄の葉蔭に、頷き合うように揺れていたのです。

爺やが殺された――綾子の後悔

綾子は名匠の刻んだ「悲しみの塑像」のような乙女でした。

野村胡堂の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本